9月某日の夕刻,田町駅で山手線を待っていると,電車全体がチョコレート色で車体にはチョコレートのパッケージが描かれ,車内も一面にチョコレートのポスターが張られた「チョコレート電車」が入って来た。「面白い!」と,思わず写真を撮った(写真1)。

写真1●チョコレート色の山手線
写真1●チョコレート色の山手線
山手線の命名100周年を記念して1909年当時の塗装色を再現したものだという。明治製菓とのタイアップ企画の「ラッピング電車」で,車内も一面にチョコレートのポスターが張られている。

 「徹底している」ことが面白いのだ。最近,ネットワークやITに関連する提案や設計をする際も「徹底すること」がとても重要になったと思っている。お客様から提示された多くの要件をただ満たすだけでは,他より優れた特徴を出すのは難しい。どの要件に重点を置くべきかを見極め,それを効果的に実現するための工夫を徹底することで特徴を出すことができる。

 さて,今回はメール・サービスやメール・システムの選択の考え方について述べたい。言いたいことは,「便利さ,安さに以上に『安心』が重要」ということだ。

Gmail報道の疑問

 実はこのテーマでコラムを書こうと思ったきっかけは,2009年10月9日の日経新聞朝刊一面トップに掲載された「『クラウド』米大手が攻勢、グーグル、JTBから受注」という記事に違和感を持ったからだ。見出しや記事からはグーグルがすごい勢いを持っているように見えるが,筆者が日々のビジネスの中で感じている実態とは違う。第一この記事に出ているJTBも,ユニ・チャームも,東急ハンズも,2008年11月のITproの記事「JTBグループがグーグル『Gmail』を全面導入へ」や,2009年1月1日号の日経コンピュータで報道されている。名前の挙がっている有名企業が1年前とほとんど変わっていないのに,なぜ今ニュースになるのかわからない。

 筆者は2007年以来,メールやグループウエアに力を入れている。企業のコミュニケーションにおいて電話が激減してメール主体になっていることと,コラボレーションのツールとしてグループウエアが見直されているのがその理由だ。この2年余り,メール/グループウエアの提案や実際の導入を手がけてきた。しかし,これまで大手ユーザーのコンペでGmailと競合したことはない。なぜだろう?

今,企業がメールに求めるもの

 Gmailと競合しない理由はよくわからないが,企業がメールに求めているものは明確に分かる。「安心」だ。メールが使いやすく便利であること,安価であることは当たり前になった。安心の中身は二つある。一つはセキュリティの高さであり,もう一つは災害対策(BCP:Business Continuity Plan)だ。

 セキュリティ対策としてウィルス・チェックやスパム対策をしていない企業はもはやないだろう。今,企業が求めているセキュリティは誤送信や故意の送信による情報漏えいの防止だ。そのため,メール送信に種々の制限やチェック機能を求めるようになっている。

 例えば,大手金融機関などでは外部へのメール送信を特定の役職に制限し,一般社員は社内でしかメールの送受をできなくしているところがある。また,正社員だけでなく派遣社員や協力会社の社員が働いているオフィスでは,社員属性によってメールの受信はできても送信はできない,といった制約をすることが多い。誰でも自由に社内の情報を添付ファイルにして社外に送信できるような運用を許している大企業はまれだ。

 さらに,誤ったあて先にメールを送信するのを防ぐ仕組みを取り入れている例も多い。送信ボタンを押してもそのまま送信せず,メール・システムからユーザーに送信の自己確認を促したり,第三者による承認をさせたりする機能だ。

 メールが電話に代わってビジネスにおけるコミュニケーションの主役になった結果,企業はメール・システムに基幹系システムと同等の災害対策(DR:ディザスタ・リカバリ)を求めるようになっている。既に大手金融機関やメーカーなどで本番系メール・システムのあるサイト(データセンターなど)が被災しても,別のサイトにあるDR系メール・システムで運用継続できるシステムが稼働している。

 DRの方式には,ストレージが持っているレプリケーション機能を使ったものや,レプリケーション(ミラーリングとも言う)の仕組みを実装したアプリケーションを使う方法がある。ストレージのレプリケーション機能を使う方式はアプリケーションを単純化できるメリットがあるが,レプリケーション機構を持った比較的高価なストレージを同一構成で本番サイトとDRサイトに設置せねばならず,そのコストが高くなる。また,本番サイトとDRサイト間のネットワークには広い帯域幅が求められるので,回線コストは高くなりがちだ。

 これに対してアプリケーション・ミラーリング(図1)は特別なレプリケーション機構を持ったストレージを必要とせず,本番系サイトとDR系サイトを同一構成にする必要もないので,ストレージの費用を抑えられる。また,サイト間のネットワークに必要な帯域幅もストレージ・レプリケーションと比較して少なくて済む。

図1●アプリケーション・ミラーリングの例(NECのStarOffice)
図1●アプリケーション・ミラーリングの例(NECのStarOffice)

 メール・サービスを使うのか,自社でメール・システムを持つのか,どちらにしても検討の視点として機能や価格だけでなく,「安心」が重要だ。

 この半年ほどの間に大手通信事業者やソフト・ベンダーによるメール・サービスがたくさん登場している。Gmailが刺激になっているのは間違いない。サービスでなく,自社のメール・システム更改を検討する企業も増えている。きっかけは「月当たりのIDがいくら」というわかりやすい料金が提示されたこと。これに対して,自社のメールにかかっている費用が高いか安いかを見直す企業が増えているのだ。今まであって当たり前で,注目されていなかったメール・システムに対する関心が高くなっていることは好ましいことだ。これによってサービスであれ,自社システムであれ,メールは一層,便利で安心でコストパフォーマンスのよいものになるだろう。