「クラウド・コンピューティング」という言葉は、マーケティング・ワードとしてはそろそろ熟しきり、腐りかけてきた感がある。そのためか、アウトソーシング系サービスなら何でもかでも「クラウド」と称するITベンダーも増えてきた。しかし、そんなお気楽モードでネーミングしてよいのかと思ってしまう。クラウド・ビジネスの付加価値は、コスト削減という身も蓋もない1点に絞られるからだ。

 いきなり書き出しと違うような話をするようで恐縮だが、次の問いに答えてみてほしい。クラウド・ビジネスを展開するIT企業のうち、コンピュータ・メーカーなら自社製品で固めようとするが、それはなぜか。何人かの読者は、思わず失笑を漏らしたかもしれない。でも、「メーカーなんだから、当たり前じゃん」では答えとしては浅い。

 では、独立系の大手SIerがクラウド・ビジネスに乗り出す場合は、そのためのITインフラの構築にオープンソースを活用しようとするが、それはなぜか。また、グーグルの場合はオープンソースの活用だけではなく、自らハードまで設計しているが、それはなぜか。結局のところメーカーも、SIerも、グーグルも問題意識は同じである。自らのITインフラは知り尽くしていなければならない。ブラックボックスでは、危なくてクラウド・サービスなんか提供できないのだ。

 クラウド・ビジネスは、コスト削減の戦いである。仮想化技術を活用してハード・リソースの最大活用を図っていくのか、それともグーグルのように規模の経済を効かせるのか、その手法はいくつかあるが、とにかく何が何でもコストをカットし、料金を引き下げていかなければならない。そのためにはITインフラがブラックボックスでは話にならない。日常茶飯事に起こる様々なトラブルを低コストで切り抜けるためにも、それは不可欠なことだ。

 また話が脱線気味になるが、マイクロソフトがWindows Azureの運営を自社のみに限定したのは、極めて正しい判断だ。もちろんマイクロソフトは、クラウド事業戦略という高いレベルで判断したのだろうが、現実問題として、パートナー企業がAzureの仕掛けを低コストで運用することは現状では難しい。マイクロソフト製品には“バージョン3の法則”というのがあって、バージョン3になって製品として安定する。その習いで言うと、初期バージョンのAzureを運用できるのは、中身を知り尽くしたマイクロソフトのみである。

 さて、何でもかでも「クラウド」と称するITベンダーは、そんなコスト削減の戦いに本気で取り組む意思と能力があるのだろうか。クラウドのITインフラを提供する事業者はもちろん、「うちはSaaSだけだ」というアプリケーション・ベンダーも、しっかりしたITインフラ提供者と組んで、ローコスト・オペレーションを追求していかなければならない。「クラウドの付加価値は他にもある」との反論もあろうが、クラウドの実需が本格した時、ユーザー企業は料金の安さを最重要視するのは間違いない。

 Google Appsがユーザー企業から注目されるのは、既存のメールやグループウエアの運用サービスに比べて、はるかに安いからである。今後、他の業務システムをクラウド・サービスに移行するユーザー企業がいるとしたら、それは既存のアウトソーシングに比べて低料金だからである。料金水準がそんなに変わらないのなら、仮想環境を使って他のユーザー企業とリソースを共有して・・・なんて必要はなく、既存のアウトソーシングで十分なはずだ。

 そんなわけだから、“クラウド時代”のマーケティング戦略も無く、何でもかでもクラウドと称するのは止したほうがよいだろう。“クラウド的なサービス”でもコスト以外の付加価値で勝負しようとするならば、なおさらである。もちろん、これは本質的な話ではなく、マーケティング上の話。クラウドという“持たざるIT”という方向へパラダイムシフトする中で、自社のサービス・ビジネスをどう位置付けていくかという、ポジショニングの問題である。