早ければ2011年にも在庫の枯渇が予想されるIPv4アドレスに代わり,次世代のIPv6アドレスを本格導入する時期や方法について,企業や行政レベルの検討が進んでいる。一方,一般消費者のIPv6に対する関心は,あまり高くないのが現状ではないだろうか。

 このIPv6への対応について,家電メーカーも頭を悩ませている。在庫枯渇までに残された2年間のどこかでネット家電のIPv6対応を開始する必要があるものの,メーカーへのメリットが少なく,手間だけが増えそうだからだ。またIPv6の普及に伴い,過去に販売した家電製品のネットワーク機能が使えなくなる可能性もある。

新製品のIPv6対応は容易,検証/サポートに負担

 大手家電メーカーのある技術者は,今後開発するハードウエアをIPv6に対応させること自体は,技術的には難しくないという。それとは別の問題点として,製品の動作検証とサポートを挙げる。

 IPv6が導入されても,これまでのIPv4を使ってインターネットに接続する機器やサービスは引き続き残る。IPv4とIPv6には互換性がなく,IPv6導入当初はIPv6だけで利用できるサービスは限られる。したがってネット家電はIPv6に加えて,多数のサービスが提供されているIPv4もサポートする必要があり,これだけで動作検証の手間は2倍になる。

 さらにNTT東西地域会社が提供するNGN(次世代ネットワーク)に,IPv6を使って接続する方法が複数計画されているなど,回線,ISP(インターネット・サービス・プロバイダー),サーバーなどの組み合わせの総数は,IPv4だけの場合と比べて数倍になる。その分,開発機器の動作検証に時間とコストがかかる。また製品サポートも,不具合の原因となる要素が増えるため,問題の切り分けが難しくなる。

IPv4延命策のLSN導入が与える影響

 さらにISPがIPv4アドレスの枯渇対策として導入を検討しているLSN(Large Scale NAT)が,ネット家電に大きな影響を与える。大手家電メーカーの技術者によると,LSNの導入によって(1)転送速度が低下し,ビデオ・オンデマンド(VOD)サービスなどで動画が途切れる,(2)ポート数の不足でインターネット・サービスが正常に利用できなくなる,(3)ISPと利用者宅の2カ所でNATを利用することで端末同士のP2P通信ができなくなる――などの影響が考えられるという。

 NAT(Network Address Transition)は,一つのIPアドレスを複数のIPアドレスに変換する技術である。個人向けのADSL(非対称デジタル加入者線)やFTTH(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)サービスでは,通常ISPから一つのグローバルIPアドレスが割り当てられる。これを家庭向けルーターのNAT機能を使って複数のプライベートIPアドレスに変換することで,家庭内の複数の機器をインターネットに接続している。LSNはこの仕組みを大規模にしたもので,ISP側のLSNで一つのグローバルIPアドレスを複数のプライベートIPアドレスに変換し,多くの利用者で共有する。グローバルIPアドレスの消費ペースを下げられるので,IPv4アドレスの在庫枯渇時期を先延ばしできると期待されている。

 LSNが導入されると,利用者が家庭で使うNATと合わせて2カ所でIPアドレスが変換されることになる。これがうまく機能しなかったり,処理に時間がかかったりすることで,(1)に示した通信速度の低下やビデオ・オンデマンド(VOD)サービスの動画乱れが発生する可能性がある。

 IPアドレスが持つ補助アドレス「ポート」の数には,1IPアドレス当たり6万5535個という上限がある。NATやLSNで一つのグローバルIPアドレスを複数ユーザーで共有する場合は,変換前のIPアドレスが持つ6万5535個のポートを変換後の複数のプライベートIPアドレスで共用する。地図サービスなどでは10~20個のポートを利用するケースもある。最近のWebサービスは,操作性やレスポンスを高めるために大量のポートを使ってデータを高速転送したり,先読みしたりするものが多く,利用者が消費するポート数は増える一方だという。そのため,あまりに多くの利用者が一つのグローバルIPアドレスを共有すると,ポート数が不足して(2)のインターネット・サービスが正常に利用できなくなる状態が発生し得る。

 (3)のP2P通信ができないケースは,ISPと家庭の2カ所でIPアドレスを変換することで起きる。NAT(LSN)を導入した場合,NATから先のプライベートIPアドレスでつながっている機器はインターネット側からは直接呼び出せなくなるため,機器同士の直接通信(P2P)を行うサービスは利用できなくなる。NATを導入した環境でもP2Pを実現する「NAT越え」といわれる技術はいくつかあるが,LSN環境のように2段のNAT環境に対応できるものは少なく,また一般的でないという。その結果,LSNを導入した場合にP2Pサービスが利用できるかどうかは個々の環境に大きく依存し,ここでもサポートに膨大な労力が発生する可能性がある。