20年以上も情報システムに関する取材をしていて痛感するのは、何年経っても埋められない大きな断層があり、それが情報システムの正しい利活用を阻害している、ということだ。

 断層の一つは、発注者と受注者の間にある。情報システムを構築しようと考えた企業の担当者は、必要となるソフトウエアの開発のすべて、あるいは一部を外部のソフト開発会社に発注する。ところが、ITpro読者の皆様がよくご存じの通り、使えないソフトが納品される場合がある。

 もめごとが起きた場合、発注者は「こんなソフトを頼んだ覚えがない」と開発を請け負った開発会社を叱りつけ、やり直しを命じる。一方、受注者は「仕様通りのソフトを作って納めた」と言い張り、悪いのは発注者だ、と主張する。

 ここまでの文章で、発注者と受注者と書き、ユーザー企業とITベンダーとは書かなかった。これらの表現をなるべく使わないようにしているからだ。

 「ユーザー」といった場合、実際のシステムを使う現場の利用者を指す場合と、企業を指す場合があり、紛らわしい。だから「ユーザー」に「企業」を付けて「ユーザー企業」と書くわけだが、よく見れば変な言葉だ。現場の利用者を「エンドユーザー」と呼ぶこともあるが、これはもっと使いたくない。

 一方、「ITベンダー」と言う言葉にも抵抗がある。ベンダーとは売り手、販売会社のことを指す。パッケージソフトをひたすら売り込むだけの企業であればベンダーと呼んでよいのかもしれないが、ソフトを開発する会社に使うのはおかしい。SIerという表現があるそうだが、筆者はおそらく一度も使ったことがない(本記事で初めて使った)。

 余談になるが、今年の1月1日付で、日経コンピュータの編集長に就任してから、「ユーザーとベンダーという言葉はなるべく使わないように」と部員に指示を出した。「なるべく」であり、時には許容しているものの、誌面でこれらの言葉は減ってきた。

 さらに余談になるが、使用を厳禁している言葉がいくつかある。本欄で三度書いてしまったので、いささかしつこいけれども、「数字と英文字を組み合わせて劣悪な労働環境を示す造語」は極めて不快であり、原稿に出てくると編集長の権限を使って削除している(関連記事『英単語は一切使うな』、『英略語は一切使うな』、『あなたの仕事を英語を使わずに説明できますか』)。

 もう一つ厳禁にしている言葉の例を挙げよう。「立ち上げ」という日本語は本来無い、と部員に何度か言っているが、恐ろしいことに広辞苑にまで掲載されてしまい、多くの部員は指示に従わず、記事の中でごく普通に、いや、頻繁に使ってくる。こちらも意地になり、原稿の中に「立ち上げ」を見つけると、「始める」「設置する」「動かす」といった表現に書き直している。

経営者と情報システムの専門家の間にある断層

 話を断層に戻す。記者になった当初は、発注者と受注者のトラブルに注目し、もめごとそのものを報じる記事や、そうならない方法に関する記事を繰り返し書いてきた。だが、そのうちに、発注者と受注者だけを見ていても、問題は解決しないことが分かってきた。

 情報システムに関わる発注者は、多くの企業の場合、情報システム部門ないしスタッフ部門の中にいる情報システム担当者である。彼ら彼女らは段々、情報システムに詳しくなり、結果としてその企業における情報システムの専門家になっていく。中には、システム開発会社の社員より、詳しい方もおられる。

 発注者が情報システムの専門家になり、受注者はもとから専門家である。つまり、「言った」「言わない」と言い争っている発注者と受注者は、情報システムの仕事でご飯を食べている同業者と言えなくもない。

 仲間内の喧嘩は生産的ではない。そもそも発注者の発注が甘くなる(と受注者が指摘する)原因は、発注者の情報システム担当者だけにあるわけではない。発注した企業の経営者や、情報システムを利用する現場部門が「こういうシステムが欲しい」となかなかシステム部門に言わない。このことが原因になっている場合が少なくない。

 情報システム担当者は自社の経営陣や現場の各部門とたびたび会議を持ち、調整を繰り返し、作り上げる情報システムの姿をなんとかまとめ上げ、その上で開発会社に頼もうと努力している。しかし、経営陣や現場部門は「忙しい」「情報システムのことは分からない」「専門家である君の仕事だ」と言って、情報システム担当者に仕事を押しつける。そのくせ、最後の最後になって実際の情報システムが出来上がってくると、「これは使えない」と言うのである。

 こう見てくると、発注者と受注者の間にある断層より、経営陣や現場部門と情報システム専門家(発注者のシステム担当者と受注者の開発会社の両方)の間にある断層のほうが深い、という気がする。

 そこで、ある時期から、経営陣や現場部門の方々が、情報システムの理解を深める一助となる記事を書くように心がけた。記事を発信する場所を、日経コンピュータやITproではなく、日経ビジネスや日経ビジネスオンラインに移したほか、ビジネスとテクノロジーを結びつけるというテーマの新雑誌を作ってみたりした(無念だが、この新雑誌は失敗に終わった)。

 先に「余談」と称して、ユーザーやベンダーという表記を使わない、と書いたが、これは余談どころか、経営陣や現場部門と情報システム専門家を遠ざける断層問題に密接に関係している。経営陣や現場の方々が、情報システムから距離を置こうとする理由の一つが、「言葉が分からない」ということだからだ。経営陣や現場部門と話す際には、ユーザーやベンダーをはじめ、英三文字の略語や定義が曖昧な流行語を極力使わないほうがいい。