損益計算書(P/L)と貸借対照表(B/S)がなくなる――。国際会計基準(IFRS)関連の取材で聞いた話で一番、びっくりしたのがこの話だ。記者がIFRS関連の取材を本格的に始めたのは、今から1年半くらい前。当時、記者は主にJ-SOX(日本版SOX法)関連の取材をしていた。J-SOX対応の話を聞こうと訪れた会計コンサルタントの方との雑談の中で「そういえばこんな話が」といって冒頭の話を聞いたのだ。取材先の企業研究や決算記事の執筆など、記者にとって損益計算書と貸借対照表はなじみ深い。それが「なくなる」というのは、「記者だけでなく、企業、そして社会全体に影響を与える大きな話になりそうだ」というのが最初の感想だった。

 損益計算書と貸借対照表を読むことは、会計の基本中の基本だと考えている。記者は学生時代、会計関連の授業が一番苦手だった。仕訳、減価償却、配賦などなじみのない言葉が並ぶ。その苦手な授業で最初に習ったのが、損益計算書や貸借対照表という言葉だったことが忘れられない。当時、キャッシュフロー計算書はなかったので、損益計算書と貸借対照表が「会社の姿を表す」と教えられ、「経営を学ぶ学生ならば、とにかくこの二つを読めるようになりなさい」と言われたものだ。

 それが「なくなる」という話は由々しき事態だ。投資家やアナリストなど、記者よりも企業の財務諸表を活用する人たちは山のようにいる。企業を表現する形式が変れば、新しい表現を勉強しなければならない。あらゆる人にとって大激震だ。「さあこれは大変。J-SOX以上に影響が大きそうだ」というのが、J-SOXの取材をしつつIFRSの取材を始めた当初に持った感想だった。

経常利益もなくなる

 IFRSの取材を進めていくうちに、この感想は半分当たっていて、半分当たっていなかったことが分かった。当たっている部分は確かに損益計算書と貸借対照表はなくなるという事実だ。両者は名称が変更になり、その内容も大きく変わるという。外れたのは将来、二つの財務諸表がなくなるのは氷山の一角だったということだ。利益の考え方が変わるなど、市場関係者や記者のような企業を外部から観察する立場の者にとって、IFRSの適用によって受ける影響は極めて多岐にわたっていた。

 今、IFRSに関して日本国内では二つの取り組みが進んでいる。「コンバージェンス」と「アダプション」だ。コンバージェンスは「収れん」と日本語で表現することが多く、日本の現行の会計基準をIFRSに近づける取り組みを指す。アダプションは「強制適用」と表現され、日本の会計基準そのものとしてIFRSを採用する取り組みである。コンバージェンスは現在進行中で、09年4月以降に始まった事業年度から受託ソフトウエア開発に適用になった「工事進行基準」はコンバージェンスの一例だ。アダプションは早ければ2015年に始まると見込まれている。

 この二つの動きの一環として、損益計算書や貸借対照表がなくなろうとしていたり、利益の考え方が変わろうとしたりしているわけだ。このほかに、資産に公正価値(いわゆる時価評価)が導入されたり、のれんの計上方法が変わったり、収益認識基準が変わったりと、IFRSによる影響は様々だ。

 IFRSでは損益計算書は「包括利益計算書」に、貸借対照表は「財政状態計算書」という名称に変更になる。現在、IFRSを作成しているIASB(国際会計基準審議会)が最終的に詳細を検討中だ。「財務三表」と呼ばれる残りの「キャッシュフロー計算書」はそのままの名称で残る予定であるが、表示形式は現在の日本の会計基準のキャッシュフロー計算書から変更になる予定だ。

 損益計算書の新しい名称である「包括利益計算書」が示す通り、IFRSでは包括利益という新しい考え方が登場するのだ。これに伴って日本の財務諸表を活用していた関係者になじみ深い「経常利益」はなくなる。包括利益は資産の変動を利益に含む考え方だ。(詳細は「キーワードで理解するIFRS[10]包括利益」をご覧いただきたい)。