クラウド・コンピューティングの時代は、異業種参入が極めて容易になりそうだ。この前、通信系の販社の人と話した時も、この話で盛り上がった。クラウド・サービスは、ビジネスフォンなどを扱ってきた企業にとっても売りやすい商材となるからだ。ユーザー企業も自社のノウハウをソフトウエアの形でこれまで以上に販売しやすくなる。ITベンダーは少し広い視点で、これからのビジネスを考えたほうがよさそうだ。

 SIのようなITサービス業は参入障壁が高い。ユーザー企業のシステム子会社を除けば、そうやすやすと参入できるものではない。これは当たり前。では、ITサービスという商材を、異業種の企業が販売代理店として扱うことができるだろうか。これも無理である。ビジネスフォンなど他の商材であれば営業担当者が自分ひとりで取引を完結できるが、SIなんかでは技術者が客先に出る必要があるからだ。異業種の営業担当者が技術者と連携して商売を進めるのは至難の業だ。

 だから、通信系の販社など異業種の企業が参入する際には、できるだけソフト開発量の少ないセキュリティ機器などの商材を選ぶ。それでも社内に技術者を育成する必要があるので、なかなか大きなビジネスにすることができない。

 では、クラウド・サービスならどうだろう。すべてのクラウド・サービスがOKというわけではないが、SaaSなら商材として扱うのは比較的たやすい。特に、メールをはじめとするコラボレーション・ツールの販売は、極めて参入障壁が低い。なんせ、客が使い方を知っているので、難しい説明は要らない。それに何よりも、技術者との連携なんかは不要で、営業担当者だけで取引を完結できる。それなりの顧客基盤を持つ異業種の企業にとっては、格好の付加商材になる。

 今、最もポピュラーなコラボレーション系のクラウド商材と言えばGoogle Appsだが、これはまだユーザー企業がセキュリティ面などに不安を感じている。だから、添付ファイルをグーグルのサーバーに渡さない仕掛け作りなどでITベンダーが活躍する余地がある。だが、そうした不安が解消されていけば、ユーザー企業としては別にITベンダーから買う必要はなくなる。クラウド・サービス事業者の販売戦略にもよるが、異業種の企業の参入余地は大きいはずだ。

 そんな話を通信系の販社の人たちとした。SaaSのようなクラウド・サービスは直販が主流になるのか、代理販売の余地が大きいかで議論が分かれるところだが、いずれにしろクラウド・サービスという商材の“流通”の面では、既存のITベンダーがキープレーヤーでなくなる可能性は小さくない。

 さて、ユーザー企業が自社のノウハウを売る話だが、これは単純な話。自社の業務アプリケーションをSaaSとして他社にも有償で使ってもらうのだ。一番簡単な方法は、自社で開発したか、ITベンダーに作らせたかにかかわらず、ITベンダーのクラウド基盤サービスなんかを利用して、SaaS事業を展開すればよい。

 もちろん、ユーザー企業がスクラッチ開発した業務アプリケーションを他社にも使ってもらって、収入を得るような話はこれまでもあった。開発を委託したITベンダーに版権を与え、ITベンダーがそれを基に他のユーザー企業向けにシステム開発して、そこからロイヤルティを得るといった形態だ。ITベンダーから言えば、横展開ビジネスである。

 クラウド・コンピューティングが一般化してくれば、ユーザー企業がこうした商売するうえで、なにもかもITベンダーにおんぶにだっこでなくてもよくなる。業務ノウハウに自信があるならば、あとは売り物になるようなソフトウエア(つまり、自社の利用部門が使いやすいアプリケーション)に仕立て上げればよい。しかも、ITベンダーのクラウド基盤サービスを使ってSaaSとして提供すれば、投資や費用を最小限に抑えて自らビジネスに乗り出せる。

 まあ、こんなビジネスの予想屋話はいくらでも書けるが、あまり妄想を巡らしても仕方がないので、この辺りにしておく。私が言いたいのは、クラウド時代はIT産業、ITサービス業と他の産業との垣根がどんどん低くなるだろうということだ。クラウド・コンピューティングに向かうパラダイムシフトを、既存のIT業界の構造変化という狭い枠組みで見ていると、新たな商機を見逃すばかりか、足元をすくわれることにもなりかねないと思う。

 おっと、そう言えばグーグルも、既存のマスコミなどとビジネスモデルを同じくするメディア産業じゃないか。IT業界的に言えば、本来はユーザー企業の位置づけのはずだった。まさに究極の異業種参入と言うべきか。