筆者は5年前に友達が留学していた中国・北京を訪れたことがある。どこを見ても恐ろしいほどの人、人、人。あふれかえる人の多さに驚愕したが、それ以上に参ったことがあった。

 最初に異変に気付いたのは万里の長城を見に行ったときのこと。筆者は、うだるような暑さのなか、なかなか来ないバスを停留所で待ち続けていた。やっと視界に入ってきたバスに安堵したのもつかの間、バスは停留所に到着する前に止まった。いや、止められたという方が正確。大勢の人垣によって通せんぼされたバスに、われ先にと乗り込んでいく人たち。停留所に着いたときには当然、乗るスペースなど残されておらず、ただ呆然とするしかなかった。

 滞在中、同じようなことを何度も経験した。最終日を迎えるころには、「並ぶ」ということがこの国では通用しないのだと理解。お土産を買うときも、とにかくレジの窓口に群がる人たちの中で一生懸命手を伸ばす。運良く選ばれるまで、とにかく頑張る。この国ではこのくらいの生命力がないと生きていけない、と思った。モノを買う、ただこれだけのことでも日本とは明らかに「風習」が違った。

普及率22.6%で3億人のネット人口

 東京、ソウルに続いて、アジアで3回目となる北京オリンピックが開催されて約1年経つ。この1年で世界経済は米国のサブプライムローン問題を発端とした金融危機で大打撃を被った。世界経済全体が元の姿に戻るのにはまだ時間がかかりそうだ。

 一方、中国は成長率こそ鈍化しているものの、GDP(国内総生産)では今年もプラス成長の見通し。テレビでは、来日して高級ワインをケース買いする人たち、秋葉原で大量の電化製品を購入する人たちの映像が流される。消費が冷え込む日本ではなく、ふくれあがる中国市場に活路を見いだそうとする企業が増えるのは、至極当然のことだ。

 そしていま、注目されているのが中国向けEC市場だ。中国のマーケット調査会社、アイリサーチの発表によると、中国における2008年のEC市場規模はBtoCが1185億円、CtoCが1兆6248億円。伸び率から考えると、既に2兆円を超える規模にまで成長している。ちなみに2008年8月に経済産業省が発表した「平成19年度我が国のIT利活用に関する調査研究」(電子商取引に関する市場調査)によると、日本のBtoCのEC市場規模は5.3兆円。まだ規模では日本市場が勝っているものの、数年後には日本のEC市場規模を確実に抜き去るだろう。

 こうしたEC市場を支えているのが中国のインターネット人口の増加だ。インターネット普及率はまだ22.6%で、世界平均の21.9%をようやく超えたレベル。ちなみに日本は73.6%、米国は72.5%、韓国は70.7%となっている。しかし、中国は22.6%という普及率にもかかわらず、インターネット人口は2008年時点で2億9800万人。既に3億人を突破しているはず。

 こうした市場に対して、日本企業が指をくわえて見ているわけがない。

一筋縄ではいかない中国

 日経ネットマーケティングでは10月号で「中国EC進出の夢と現実」と題した特集を組んだ。取材を通して見えてきたのは、巨大市場という“夢”、そして進出しただけでは売り上げに直結しないという“現実”。決済や物流といったインフラ面での壁はもとより、根本的な「風習」の違いも大きい。

 例えば、中国のインターネットユーザーがECサイトで購入する際、チャットソフトを使って商品の質問をしたり、価格交渉したりするのが一般的。日本ではまず考えられない風習だ。「価格交渉のできないECサイト」というだけで、一歩引かれてしまう。

 また、商品がどこの国の製品なのか、つまり「メード・インどこなのか」が重要視される。これに手こずるのが衣類メーカーだ。ほとんどが中国工場で生産する「メード・イン・チャイナ」という現実。ただ、中国のインターネットユーザーからすれば、「メード・イン・チャイナなのになぜこんなに高い?」となってしまう。

 中国人は中国製を買いたがらない。もっと言えば、わざわざECサイトを通じて日本企業から中国製品を買う理由がない。

 裏を返せば、「メード・イン・ジャパン」に対する期待の大きさがある。コピー商品が多く出回る中国市場では、メード・イン・ジャパンというお墨付きで売れに売れている商品もある。メラミン混入事件で中国全土を不安に陥れた粉ミルクなどはその代表格だ。そのほか、ベビー用品などでもこうした傾向は強い。「安心、安全」というジャパンブランドは中国の中で急速に浸透し始めている。

 どれだけ中国が巨大市場であろうが、ECサイトを立ち上げただけで夢のような売り上げが期待できると思うのは間違い。中国という国の風習を理解し、企業独自の強さ、そして日本という国が持つブランドの強さの両方を生かす。まだ目立った成功事例のない中国EC進出企業だが、ノウハウを蓄積した先進企業は必ず近いうちに成果を上げると信じている。