利用企業がIT投資を引き締め、システム化対象を見直しているなか、ITベンダー各社も厳しい経営を迫られ、“攻め”に転じられないでいるようだ。しかし、誤解を恐れずにいえば、その原因の一つは、「顧客ありき」への行き過ぎた傾斜にあるのではないだろうか。利用者の声を聞くことは大事だけれど、テクノロジやシステムのあるべき姿を最後に決めるのは、ITのプロであるIT技術者であるはずだ。顧客指向の時代になればなるほど、設計・開発担当者の固い意志がなければ、イノベーションは起こらない。

「これだ」という製品には、滅多に出会えない

 インターネットが当たり前の存在になった今、製品選択の方法も、顧客ニーズの把握方法も大きく変化した。製品を選ぶときには、検索・比較サイトで価格や評判を調べるのが一般化しているし、製品を販売する側も価格競争を仕掛けたり口コミを利用したりするようになった。

 一方で製品を企画・開発するためのキーワード抽出やWebアンケートも珍しくはない。流行のTwitterなどを使えば、そうした情報をリアルタイムに把握することもできる。ネットやケータイのパワーユーザーなら、もっとすごい選び方・買い方を駆使していることだろう。

 しかし、である。記者が変わり者なだけかもしれないが、何かを買おうとしたときに、「これだ」という商品に出会った記憶がほとんどない。大抵は「この機種にはAの機能がない。あの機種ならAの機能はあるがBの機能がない。両方を足して2で割ったような機種ならいいのに」といった状況に陥ってしまい、購入時機を逸してしまう。IT機器に限ったことではないから、単に決断力がないからだけかもしれないけれど、みなさんはどうだろうか。

顧客の声は、常に正しいとは限らない

 メーカー各社は、アンケートやモニターなど種々の調査で顧客の声を聞いているはずだ。なのに、なぜ欲しい商品が入手しづらいのか。記者が考える最大の理由の一つが、「顧客の声を聞くといっても、最終的には作り手が作りたいものを作っているからではないか」ということだ。ただ記者は、そのことを否定しているのではない。むしろ、それこそがもの作りの本質であり、そうした信念なしに、世の中に影響を与えるような商品は誕生しないとも考える。

 もちろん、顧客の声を聞くことは重要だ。ヒット商品の誕生秘話などを見たり聞いたりすれば、そこには入念な市場調査や顧客ニーズを把握するための努力が必ず存在する。しかし、そうした調査結果をどう判断し、どんな形にするかは、作り手の専権事項である。そして多くのヒット商品は、顧客の期待を超えたり、顧客も気付いていなかったニーズを掘り当てたりしたときに生まれているようにみえる。

 顧客ニーズの調査については、「調査・実験中は赤色がいいと言っていたのに、おみやげにどうぞ、といったらみんな白色を選んだ」という話があるように、顧客の声は常に正しいとは限らない。なぜなら、想像する利用場面では色々な機能が欲しいと思うし、そもそもテクノロジによって何が実現できるのか、そのためのコストがどれぐらいかかるのかといった専門知識はないからだ。