製品やサービスが生まれた経緯を聞くのが好きだ。このご時世だから,開発予算も厳しいはずだが,それでも世にないもの,他社とはひと味違うものを追求するプロジェクトの話は例外なく面白い。先日も,あるソフトウエア製品の誕生秘話を聞いたのだが,なるほどと思うことがあった。

 この会社を仮にA社としよう。A社は大手企業向けのソフトウエア製品にめっぽう強いベンダーである。だが開発した製品のメイン・ターゲットは,「IT部門やITの専任担当者がいない小規模な企業」という未知の領域であった。ITに不慣れな人でも使いやすく,分かりやすく作らなければならない。

 これまでの製品開発でも,A社は当然「使いやすさ」「分かりやすさ」を追求してきたつもりだった。だがそれで本当に新しいユーザーに満足してもらえるのか。そもそも,ソフト製品の開発に携わるような人は大抵,ITが得意である。少なくとも苦手ではない。「ターゲットの気持ちを想像できないのでは」という一抹の不安をおぼえた。

 そこでA社の開発チームは,一計を案じた。コンシューマ向け製品のデザインを手がける知り合いに協力を求めたのだ。コンシューマ向け製品で培ったユーザビリティ向上のノウハウや手法を取り込むためである。

 開発チームは様々な新しいアプローチで開発に取り組んだが,筆者が面白いと思ったのは,「ペルソナ」を使った製品デザインの話である。ペルソナとは,「その製品をどんな顧客がどう利用するのか」を具体的に想像するために作る“架空の顧客像”を指す。

 開発チームのキーパーソンであるBさんは,ペルソナを使った議論の中で初めて,「我々の製品を嫌々使っているユーザーの姿」を想像したそうだ。「これまでの開発では,ユーザーは前向きな気持ちでそのソフトを使っていて,その業務に対しても前向きに取り組んでいる人,という暗黙の前提があったように思う」と話す。

 筆者も,読者が嫌々読んでいる様子を想像しながら記事を書いたことはない。だが,現実にはそうした場面もあるのかもしれない。システム管理ソフトのように実務で使う道具なら,なおさらだろう。例えばこんな感じだろうか。

 「社員50人の商社で総務を担当する吉田さん,32歳。家族は妻と2人の子供(3歳,4カ月)。通勤時間は約1時間。システム管理を誰も引き受けないので,仕方なく片手間にやっている。本来の業務を終えてから残業することが多い。反抗期の子供と赤ん坊の相手で妻も疲れ気味。こんなシステム管理作業は一刻も早くやめて家に帰りたいといつも思っている」。

 「嫌なのに使わざるを得ない人」を想定すると,「使いやすさ」「分かりやすさ」にも,より磨きがかかるのではないだろうか。