職場内のコミュニケーションを円滑にするスキルを学ぶ研修に参加した。参加者は約30人。会社員や経営者、カウンセリングや心理療法の専門家など、顔ぶれは多岐にわたっていた。

 プログラムの1つに「参加者同士でペアを組み、1人が話したことを、もう1人が正確に聞いて繰り返す」というものがあった。テーマは「最近気になっていること」。初対面の相手の話を2、3分聞き、その内容を繰り返す。繰り返した内容が相手(話し手)の意図に沿っていれば合格というものだ。

 記者は2回トライした。その結果、2回とも「うーん、ちょっと違う」とダメ出しを食らってしまった。

キーワードを聞き落とす

 1回目の相手は50代とおぼしき男性。「私が最近気になっているのは、家族の健康です」と話を切り出した。続けて、知人が病気になったのを機に健康管理の重要性に目覚め、奥さんと散歩をしたり無農薬野菜を取り寄せたりしている、という話をしてくれた。

 記者はその通りに繰り返した。すると、「私が気になっているのは家族ではなく、『妻の』健康なんですよ」と言われてしまった。確かに冒頭では「気になっているのは家族の健康」と定義していたものの、その後に出た話題は奥さんのことばかり。定義文と内容のずれに気づくべきだった、と反省した。

 2回目の相手は自分と同年代の女性。夏休みになって、お子さんが祖父母と出かける機会が増えたが、自分の両親よりご主人の両親によりなじんでいるようで、ちょっと複雑な気分、というお話。自分にも共感できるところが多々あり、自信を持ってその通り繰り返した。

 ところが、このときも「あと一声」と言われてしまった。最後に出た「双方の祖父母と同じくらい仲良くしてくれればいいのに」という言葉を聞き漏らしていたのだ。「双方と同じくらい」というのがキーワードだったようで、「話全体の流れは合っていても、肝心なところを外してしまうと意図をくみ取ってもらえていないなあと感じる」と話し手から指摘され、またしょんぼりしたのだった。

 ほかの人のやり取りを聞いていると「あっ、今このキーワードを聞き落としたな」というのが意外と分かる。逆に「ちょっと違う」とダメ出しをした人の理由を聞いて、「そんな細かいところにこだわるの?」とか「さっきの話し方じゃ、それが伝わらないでしょ」と思うことも多々あった。聞く側、話す側双方の問題が、コミュニケーション不全を引き起こすことを痛感した。

ちゃんと聞けない5つの理由

 聞くことを仕事にしていながら、こんなにも聞けていなかったことにショックを受け、「なぜちゃんと聞けないのか」を研修後自分なりに整理してみた。

(1)一部を聞いて早合点し、全体をとらえていない

 最初の男性の話を聞いた時の失敗は、冒頭の定義の説明でテーマを早合点してしまったことにある。誰しも常に正確に言葉を選んで話せるとは限らない。全体を注意深く聞いて初めて真意が理解できることもある。「人の話は最後まで聞きなさい」という親の教えを、この年になって思い出す羽目になった。

(2)自分なりに要約や言い換えをしてしまう

 今回に限らず、相手の言葉をそのまま受け止めるのではなく、自分にとってなじみのある表現に置き換えたり、内容をかいつまんで要約してしまったりすることが多い。相手の話が冗長だったり、分かりにくかったりするときに特によくやる。

 もちろん、そうするのは良かれと思ってのことだ。しかし、この過程で相手が重視するキーワードが抜け落ちてしまうことがあるのを痛感した。研修の参加者を見ていると、会社員の男性には自分と同様、要約や言い換えを駆使した結果、話し手の意図と食い違ってしまうケースが多いように感じられた。

 一方で、カウンセリングを仕事とする女性の参加者は、相手の話を同じ言葉で正確に繰り返していた。コミュニケーションのスピードと質のどちらを重視するかが、仕事のタイプによって異なるのかもしれない。

(3)自分の考えに注意を向けすぎてしまう

 相手の話に触発されて、「自分はこう思う」という意見や「そういえば前にこんな話も聞いたな」といった関連する情報が、どんどん想起されることがある。発想が刺激されるのは必ずしも悪いことではないだろう。ただ、自分の考えに注意が向きすぎると、相手の話を聞くほうがおろそかになり、重要なポイントを聞き漏らしてしまう。

(4)中途半端な理解で流してしまう

 「今の言葉、どういう意味?」「さっき言ってたことと矛盾してない?」---。話を聞くなかでは、こんな疑問が生じることも少なくない。しかし今回の研修では、「話し手が話している間に、聞き手は聞き返しや確認をしない」ことがルールになっていた。

 普段の会話でも、相手の話の腰を折って頻繁に聞き返すのは、はばかられる。とはいえ、中途半端な理解では話の趣旨がよく分からなくなってしまう。思い切って聞き返したほうがいい場合もあるだろう。

(5)メモを取らない

 今回の研修でもう1つ禁止されていたのは、メモを取ることだった。相手の話をメモに取っていれば、聞き取りの精度はもう少し上がったかもしれない。

 話を逐一記憶しようと思うと、最初の話だけで頭がいっぱいになり、後半の話を覚えるのが難しくなると感じた。固有名詞などをメモするだけでも、プレッシャーは小さくなりそうだ。そういえば「仕事ができる」と言われる人は、仕事でもプライベートでもよくメモを取っている気がする。