昨年のことだ。某IT企業を訪問し,あるプロジェクト・チームの会議に参加した。会議にはプロジェクト・リーダーをはじめベテランSEが5~6人,中堅SEも5~6人,若手SEが2~3人いた。そこで筆者は次のような質問をした。

 「IT業界ではここ数年,ユーザーのIT投資抑制のために,”システム開発費やSEの単価”がダウンする傾向にあります。会社は仕事を同じ工数で受注しても売り上げや利益が下がることになり,経営が厳しくなります。そこで営業担当者は提案時に『当社がいかに開発や保守をしっかりやるか』『当社のSEがいかに優れているか』『SEがいかに貴社に役立つか』などをユーザーに訴え,開発・保守の見積もり金額やSEの単価について厳しい価格交渉を行います。これは,とりもなおさず『ユーザーがSEをどう見ているか』『SEの仕事の実績や技術力をどう評価しているか』を問うことにほかなりません。SEのユーザーの評価が高ければ高いほど,交渉はやりやすくなります。そこで皆さんに聞きたいのですが,お客様に“自分たちの力”を高く評価してもらうために日頃どのようなことを心がけていますか」。

 すると,ほとんどのSEが「?」という顔をして無言だった。それではまずいと思ったのか,リーダーらしきSEが「馬場さん,我々はお客様から受注したプロジェクトの開発や保守を約束通り行なうよう,深夜を問わず頑張っています。だが,顧客のコスト・プレッシャーがすごいので仕方がないのです」。およそこんな主旨の発言をした。読者のSEの方々はどうだろうか。今回は,これについて問題提起も含め筆者の考えを述べてみたい。

自分たちは頼りにされているか

 どこのIT企業のSEでも,このグループとほぼ同じような反応を示すのではないだろうか。多くのSEは,単価や開発費が下がるのを気にはしているが「SEは受注したシステム開発や保守をしっかりやるのが仕事だ。単価が下がるのは仕方がない。そもそも価格の問題は営業担当者の仕事だ」などと考え,自分たちの問題としてはとらえていないように見える。あえて言えば,無関心で他人事のように静観している。中にはそうはとらえていないSEもいるが,多くのSEはそうではない。

 しかし,そんなSEの方は考えてみてほしい。SEもビジネスをやっている以上,まして自分たちの技術力や価値が少なからず開発・保守の価格やSE単価に関係する以上,静観してよいのだろか。SEもユーザーから見た自分たちの価値を高めるべく日頃から意識して努力すべきだと筆者は思う。「顧客のコスト・プレッシャーがすごいので仕方がない」というだけでは済まされないはずだ。

 例えば,営業担当者が価格交渉時にユーザーから「SEの方には良くやってもらっている。我々は大変助かっている。貴社のSEは優秀ですね」とお世辞抜きで評されたとする。すると営業担当者は強気な交渉ができ,開発・保守費やSEの単価の交渉が有利に展開するはずだ。そうではなくお客様から「このSEたちは我々のことを考えてくれていない。自分勝手だ。冷たい」と思われたらどうだろうか。それでは価格交渉もうまくいかなくなる。

 いずれにしても第一線のSEは,顧客に自分たちの価値を訴えるべく仕事のやり方,「このSEたちはすごい。頼りになる。彼らがいないと自分たちだけでは仕事が進まない」と評されるような仕事のやり方をすることが重要である。それには,日頃単に仕事だという感覚でやっているだけではダメだ。「我々は受注した仕事をしっかりやるのは当たり前。お客様が自分たちの価値を認めてくれる仕事のやり方,お客様が感謝される仕事のやり方をすることが重要なんだ」と考え,それを意識して,日頃行動することだ。こんなことは会社のSEの職務規定にはそんなことは書かれてはいないだろうが,第一線のSEであれば常識として身につけておくべきである。

先輩に言われた一言

 かく言う筆者も,実を言えば若手SE時代にはそんな意識はなかった。当時はひたすら「お客様に迷惑をかけないように」という意識で仕事をしていた。そんなときに,一人の先輩がそれを筆者に気づかせてくれた。

 筆者のSE時代は,今とは違いハードウエア中心の時代で,SE支援は基本的に無償だった。しかも,ハードウエアはレンタルだったので一度システムを導入すると返却されない限り,毎年一定の売り上げがあった。ある日,先輩の営業マネジャとお酒を飲んだ。その時,彼は「馬場さん,SEは一年間顧客を支援したら翌年の売り上げが1円でよいからプラスになることが重要だよ。金額の大小ではないんだ。それがSEの顧客にとっての存在価値なんだよ」と話された。筆者は,それまでそんなことを考えたことがなかった。だが,その言葉を聞いてからは「なるほど,確かに俺が1年間顧客を支援しても翌年の売り上げがマイナスになったのでは,自分は1年間何のために働いたのかということになる。顧客にとっての自分の存在価値はないということにもなる。それではまずい」と考えるようになった。

 その後,そのことを意識して仕事をするようになった。顧客の質問に答えるにしてもいかに早く丁寧に答えるか,提示する資料を作るにしてもいかに分かりやすい資料を作るかといったことを意識して,日頃行動するようになった。顧客の担当者が仕事で困っていたら,ほかの仕事を放っておいてでも支援したし,顧客の部課長には「私は一生懸命やっていますが,何か至らない点はないでしょうか」などと言って,自分を売り込む努力もした。当時は同業他社による価格破壊的な売り込みや系列の売り込みで厳しい競合時代だったが,幸い担当顧客のビジネスはプラスにはなってもマイナスにはならなかった。SEの力だけでそうなったとは言わないが,少しは貢献できたと思っている。

 もちろん,今のようにサービス・ビジネスが主流となっている時代は,受注案件ごとにシステム開発・保守を行うため,筆者の経験による論理はそのままでは当てはまらないと思う。だが,第一線のSEとしての考え方は同じである。

 例えば,次のようなことが言える。今,あるプロジェクトをSEが常駐でやっていて,単価が100万円だったとする。そのSEが次に同じ顧客でプロジェクトをやったときに単価が99万円だったら,その顧客はそのSEを評価していないと考えた方がよい。その顧客においては,そのSEの存在価値はない。まして,会社で給料が上がってSE単価が下がったのでは,技術力を売るプロとしては屈辱的だろう。そのことを第一線のSEはぜひ考えてみてほしい。

 「そうだ」と思うSEの方はぜひ“自分は日頃どんな姿勢や態度で仕事をすべきか”を考えて,日頃の仕事に取り組んでほしい。読者の中にはきっと「いかにSEが努力してもユーザーの予算には制限がある」「SEサービス度合いと価格は別だと顧客は考える」などと異論がある人もいると思う。だが,筆者とて,この考え方がどんな状況でも通用するとは考えてはいない。

 ユーザーもどうしても価格を下げなければならないときや,トップの政治的意向などを配慮しなければならないときがある。だが,そんなケースでも日頃のSEの力が顧客に評価されていれば,評価されていないケースよりは単価は高くなる。もしくは「悪いが今回は申し訳ない。次回は何とかする」といった口約束をユーザーからもらえるなど貸し借りの世界になることもある。また,SEのサービスと価格は別だと言うユーザーには,知恵と工夫を凝らして戦略的“押したり引いたり”して,そのユーザーにSEの価値を分かってもらうための闘いを諦めないでやることだ。

顧客の部課長にも認められよう

 ここで,SEが注意すべきポイントがある。それは『SEはユーザーの担当者のみならず部課長にも認められることが重要である』という点である。即ち「自分は顧客の担当者に認められている。だが,顧客の部課長に認められているかどうかは分からない」というようなSEではだめだ。なぜなら,ユーザーの担当者が社内の会議などで提案金額について「我々は○○SEさんらがいて助かっている。開発・保守費が少しは高くともよい」とか「単価を上げても良いと思う」と言ったときに,部課長が「自分もそう思う」と言われるかそうでないかが,価格を大きく左右するからだ。

 なお,言うまでもないが,部課長がSEを評価しても,担当者に「?」と思われたら,それはそれでうまくいかないものだ。従って,SEは担当者はもちろんだが,情報システム部門の部課長にも認められるように,日頃部課長と仕事の話をしたり困られていたら助言や提言などもしたりすることだ。SEはその程度の行動力・政治力は持つことが不可欠である。

 以上色々述べたが,今のような不景気な時代こそ,日頃のSEの真価が問われる。もし自信のないSEの方々がいたとしても,今からでも遅くはない。今後のことを考えて,ユーザーが評価するSE,信頼されるSEを目指して頑張ってほしい。筆者は長年「SEはお客様に信頼されよ」と主唱し,その想いを日経コンピュータや拙書「SEを極める」「信頼されるSEの条件」などに書いてきた。お客様に信頼されているSEこそが,開発・保守費やSE単価に好影響を与えることが出来ると確信している。

 第一線のSEは自分の価値を売っているのである。単に時間をユーザーに売っているのではない。そこにプロとしての誇りがあるはずだ。SEマネジャは,そのことをきちんとSEに対して指導してほしい。それには,SEマネジャも自ら先頭に立って「一人でぶらっとお客様訪問」などを行ない,自ら顧客の信頼をえることが重要である。ぜひ頑張ってほしい。