久しぶりに工事進行基準の話。間抜けなことに、この話題にしばし関心を向けずにいたため、世の流転に気付かなかった。何のことかと言うと、ITベンダーがやっとの思いでSI事業の会計処理に適用した工事進行基準が、この先、使えなくなる可能性が出てきたことだ。国際会計基準(IFRS)で認められなくなることが想定されるためで、まさに話の前提が覆るような事態だ。

 この騒ぎの発端は、昨年12月に公表された、国際会計基準審議会と米国財務会計基準審議会によるディスカッション・ペーパーなるもの。「顧客との契約における収益認識に関する予備的見解」と題するこのペーパーの中に、「企業が履行義務を充足したときだけ収益を認識すべき」との一文が入っていたから、さあ大変。これは、検収書をもらう前に売上を“分散計上”する工事進行基準の完全否定である。

 どうやら、これは米国の会計基準をIFRSに合わせるにあたって、米国と欧州の間で繰り広げられている駆け引きの中で飛び出した提案のようだ。しかし、そもそもITベンダーが2009年度から工事進行基準を適用せざるを得なかったのは、日本の会計基準をIFRSに合わせること前提に会計基準を変更したからだ。それが覆るとなると、日本の会計基準を決めている人たちは面目丸つぶれだ。

 日本の企業会計基準委員会は最近、このディスカッション・ペーパーに対するコメントを出し、その中で「工事進行基準は維持すべき」との意見をつけたそうだ。まあ、このペーパーは「予備的見解」だから、実際のところ、これから先どう転ぶか分からない。ただ冷静に考えてみると、確かにこんな提案が飛び出してもおかしくない状況だった。「工事進行基準で決まり」などと常識にとらわれて、世の流転を見過ごしていた。反省せねば。

 工事進行基準をやめようという話が出るのは、欧米の駆け引きもあるだろうが、あのリーマン・ショックが背景にあるのは間違いない。そもそも工事進行基準は、会計士の間ではいわく付きの“危ない”会計処理方法である。なんせプロジェクトの進捗の判断にさじ加減を加えるだけで、簡単に売上や利益を操作できる。たとえ悪意がなくても進捗状況を見誤れば、たちまち間違った財務諸表が出来上がる。

 にもかかわらず、工事進行基準を採用するのは、そのほうが事業の実態をより的確に財務諸表に反映することができるからだ。儲け口を血眼になって探している投資家がITベンダーに投資する際には、「SIで今いくら儲けつつあるのか」という情報が欲しい。そのため“いけいけどんどん”の時期には、検収書をもらってからでないと収益に反映しない工事完成基準より、工事進行基準のほうが好まれるというわけだ。

 ところが、リーマン・ショックのような“事件”があり、多くの投資家が大損をして、企業の財務諸表が信じられないといった事態になると、「工事進行基準なんて不正の温床」という意見が出てくるのは、ある意味当然のこと。まさに世の流転。ディスカッション・ペーパーの一文も、そうした最近のムードを反映していると言ってよいだろう。だから、半年、1年経って景気が良くなれば、「やっぱり、工事進行基準でいいや」って話になるかもしれない。

 仮に工事進行基準を止めるような事態になった場合、ITベンダーの適用のための努力は何だったのか。私はそれでも大きな意味があったと思う。なんせ危ない会計処理なものだから、正しい売上や利益を計上するために、事前にSI案件の収益総額を確定し、原価総額を正確に見積もったうえで、精緻なプロジェクト管理が要求された。

 つまり、真面目に取り組んだITベンダーにとって工事進行基準の適用は、SIビジネスの近代化に大いに役立ったはずだ。よもや昔のドンブリ勘定に戻ることはあるまい。