「日本で一番、お客様を幸せにするシステムを作る会社」。
こんな経営ビジョンを掲げて、事業展開するシステム開発会社がある。社員数わずか約20人の倍速開発(東京都豊島区)だ。技術担当の吉沢和雄代表取締役と営業担当の牧貴子代表取締役は今のITサービス業界には、「『お客様が頼んで良かった』『当社は作って良かった』と両者が“幸せ”に思えるシステムを開発することが必要だ」と口をそろえる。
背景には「SEはユーザーに言われたことに責任を持って淡々とこなす。だが、他のSEが担当した部分には責任外と知らん顔。その結果、途中で仕様変更があれば、ユーザーとつまらないことで争いになる」(吉沢氏)ことがある。それを解消するため、他社の“倍”のスピードで開発することにした。残りの半分の時間で顧客のわがままを聞き、かゆいところに手が届くようなシステムに仕上げられるからだ。
牧氏は「お客様が『便利になった』『うれしかった』などと喜べるような、役に立つシステム作りをしたい。それには、半分の時間で作ることが欠かせない。時間に余裕があれば、仕様変更があっても要望に応えられる。だから、手戻りが発生しても構わない。システムは出来上がったときに初めて、『ここが不足している』と気付くのが当然のことだと思う」と話す。
“倍速”を実現するため、倍速開発は独自に開発ツールや開発フレームワークなどを含めた開発方法論を用意するなど標準化に取り組んできた。海外にも優れたフレームワークやツールは数多くあるが、それらを利用するには技術習得にも時間がかかる。そこで、シンプルで、無駄のないフレークワークにしたという。
さらに、倍速を実現するために、開発言語はJava一本、開発するシステムはWebアプリケーションだけに絞り込み、倍速開発独自の方法で開発を進めることを顧客に了解してもらう。「建築でいえば、2×4工法のように標準化した柱や窓などを組み合わせていく方法だ」(吉沢氏)。誰もが容易に扱えるフレームワークやツールを使えば、システム稼働後の保守も楽になるし、保守コストも安価になる。開発メンバーの融通も効く。
幸せなシステムづくりの素養とは
社員には「プログラムは書くな」と言っている。「プログラム資産を再利用することで生産性は上がる。ところが使えるものがあるのに、ゼロから作ってきたのがこの業界だ。それは時間と金の無駄遣いにすぎない。書く量をいかに減らすかを考えるのが当たり前なのに、誰もやらなかった。結果、SEは納期に追われ疲弊するだけ。しかも達成感がなく、お客様に喜んでもらえない。プログラムを書く量が減れば、半分の時間でできる。そうなれば、顧客がやりたいことを先読みするなど、これまで見えなかったことが見えてくる」(吉沢氏)。
1日にプログラム開発に割くのは4~5時間程度。あとは自身を磨くための勉強の時間にあてさせる。その一つにコミュニケーション時間がある。毎日15時15分から16時までの45分間、全員でお茶を飲みながら、自分が抱えている課題や悩みなど語り合う。解決のヒントが見えてくるし、社員の孤立感をなくすことにもつながる。その一環から社員旅行や誕生日会などの行事を毎週催している。
倍速開発では、システム開発に詳しくない未経験者でも2カ月程度の勉強で開発作業に加われるという。社員のなかには、すし屋や居酒屋に勤めていた人もいる。採用の際には、ユニークなアンケートを実施している。「家族と仲がいいのか、大切にしているのか」「身の回りを整理整頓し、積極的に職場の掃除ができるか」「会社の行事に参加するか」「個人の仕事(個人プレー)ではなく、チームの仕事に徹することができるか」など約20項目について、自分の考えを書き、述べさせる。
このアンケートで、経営ビジョンの「幸せなシステムづくり」を実践できるかどうかの素養をみる。「他人のことを少しでも思える人と、全く考えない人がいる。ここを見極めたい。技術は教えれば覚えられるが、当社の基本姿勢である『「主体的にやる姿勢(人頼りの姿勢をやめる)』『いつも進歩発展を目指す姿勢(現状に甘んずる姿勢をやめる)』『他人の利益もはかる姿勢(自分だけよしの姿勢をやめる)』の3点をみている」(吉沢氏)。
※本コラムは日経コンピュータ2009年6月10日号「再生の針路」を再編集したものです。