前回は,事例2について,Z1社とZ2との法律関係を,職務著作という視点から検討しました。今回は,Z1社にプログラムに関する権利が帰属しているという前提で,プログラムと仕様書の一切の権利をX社に帰属させるためには,どのような処理が必要であるかという点について言及したいと思います。

 プログラムに関しては,少なくとも,Z1社からY社,Y社からX社への2度の著作権譲渡が必要ですし,仕様書については,X社も関与していることから,X社とY社のいずれに帰属しているのかを検討した上,X社に帰属させるための措置を講じる必要があります。ここで,Z1社からY社へのプログラムに関する権利の譲渡と,Y社からX社へのプログラムの権利に関する譲渡についての留意事項は同じです。

 したがって,Y社とX社における,プログラムと仕様書に関する権利についての法律関係を中心に検討しようと思います。

1. 著作権法第27条と第28条の権利は特掲しないと譲渡されないことも

 著作権の譲渡をする場合,契約書に「譲渡人が譲受人に対し,当該著作物に関する一切の権利を譲渡する」と規定されていれば,これで,著作権がすべて譲渡されたことになるのでしょうか。これで十分な場合等もあるかもしれませんが,前回の事例2におけるX社がY社から引渡しを受けたプログラムの改良を検討していた場合には問題が残ります。何故なら,著作権法第61条は,著作権法第27条及び第28条の権利について,特掲されない限り,譲渡した者に留保されたものと推定すると規定しているからです。

第61条 著作権は、その全部又は一部を譲渡することができる。
2 著作権を譲渡する契約において、第二十七条又は第二十八条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は、譲渡した者に留保されたものと推定する。

 著作権法第27条の権利とは,翻案権のことです。翻案権とは,簡単にいうと,既存の著作物に手を加えて,新たな著作物を創作することができる権利で,プログラムの改良や機能追加は,これにあたる場合があります。

 したがって,譲渡契約書にこの権利を譲渡することが特掲されていないと,X社がプログラムの改良等を実施した場合に,翻案権はY社に留保されていると推定され,X社はY社の権利を侵害しているという状況になりかねないわけです。

 著作権法第27条及び第28条の権利についての譲渡が,契約書に特掲されていない場合に,これらの権利が譲渡されたのか否かという点が問題となった裁判例としては,東京地裁平成18年12月27日判決,知財高裁平成18年8月31日判決等がありますので,これらの裁判例を検討してみようと思います。東京地裁平成18年12月27日判決の事案では,契約書に以下のように記載されていました。

東京地裁平成18年12月27日判決
「第2条 譲渡 乙は甲に対し,対象権利および権利行使素材の所有権の一切を,本書の日付をもって譲渡し,甲は乙からこれを譲り受けた。但し,対象権利と権利行使素材のうち将来作品に関するものについては,それらの完成を条件に乙は甲に対し譲り渡し甲は乙からこれを譲り受けた。」

 この事案で,裁判所は,著作権法第61条2項の「特掲」がされているか否かについて下記のとおり判示した上,契約書に翻案権等の権利について,何ら言及されていなかったことから,著作権法第61条2項の規定に基づいて,翻案権は譲渡した者に留保されていると推定し,翻案権の譲渡を否定してします。

東京地裁平成18年12月27日判決
著作権法61条2項は,「著作権を譲渡する契約において,第二十七条又は第二十八条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは,これらの権利は,譲渡した者に留保されたものと推定する。」と規定するところ,これは,著作権の譲渡契約がなされた場合に直ちに著作権全部の譲渡を意味すると解すると著作者の保護に欠けるおそれがあることから,二次的な利用権等を譲渡する場合には,これを特に掲げて明確な契約を締結することを要求したものであり,このような同項の趣旨からすれば,上記「特掲され」たというためには,譲渡の対象にこれらの権利が含まれる旨が契約書等に明記されることが必要であり,契約書に,単に「すべての著作権を譲渡する」というような包括的な記載をするだけでは足りず,譲渡対象権利として,著作権法27条や28条の権利を具体的に挙げることにより,当該権利が譲渡の対象となっていることを明記する必要があるというべきである。

 しかし,著作権法第61条は,譲渡した者に権利が留保されることを推定するだけですから,この推定を覆せば,翻案権も譲渡の対象とされていると判断される場合もあります。推定が覆された,知財高裁平成18年8月31日判決を見てみましょう。

知財高裁平成18年8月31日判決
92年基本契約及び94年基本契約において,著作権に係る条項は,「本契約に基づき開発されたソフトウェアの著作権は甲(注,被控訴人)に帰属する。」(甲1,2)とされ,F3契約においても著作権に係る条項は,「当該製品開発過程で生じる著作権の対象となりうるものは,甲(注,被控訴人)に帰属するものとする。」(甲3)とされているのみで,本件プログラムの翻案権は,譲渡の目的として特掲されていない。そうすると,著作権法61条2項により,上記翻案権は,本件プログラムの著作権を譲渡した控訴人に留保されたものと推定されることとなる。
(中略)
これら交渉の過程に照らせば,F3契約においては,控訴人と被控訴人間においては,F3に係る本件プログラムについても,将来,改良がされることがあること,控訴人はその改良に積極的に協力するが,改良につき,主体として責任をもって行うのは,被控訴人であることが当然の前提となっていたことが認められる。すなわち,当事者間では,被控訴人が本件プログラムの翻案をすることが当然の前提となっていたと認められるのであって,これは,被控訴人による本件プログラムの翻案権を前提としていたものと解するほかない。

 この裁判例は,「著作権法61条2項により,上記翻案権は,本件プログラムの著作権を譲渡した控訴人に留保されたものと推定されることとなる。」としながらも,交渉の過程を吟味し,「当事者間では,被控訴人が本件プログラムの翻案をすることが当然の前提となっていたと認められる」と判示し,推定を覆しています。

 したがって,特掲されていなかったからといって,必ずしも,譲渡されなかったことになるわけではありません。しかし,特掲されていないと,最悪の場合,譲渡が認められない可能性があり,譲渡されていると判断されるにしても,前述の事案のように,交渉過程を裁判所で立証する作業が必要となる場合があるわけです。

 このようなリスクは,契約時のちょっとした注意で回避できるものですから,法務担当者としては,十分注意する必要があります。