いまSIerは、何を仕込んでいるのだろうか。火種か希望か。景気は底を打ったようだが、雇用情勢の悪化などに引きずられて二番底の懸念がある。ユーザー企業のIT投資もそろそろ動き出す気配もあるが、まだまだ渋いのが実情だ。SIerにとっては厳しい時期が続くなか、経験則ではこんな時に将来の大きな火種を仕込む。今回はどうだろうか。

 実は、SIerの業績にも二番底というのがあった。最初の底はちょうど今。開発案件が減り、売上が落ちる。個々の案件でのSE単価が下がり、SE稼働率も落ちるから利益も下落する。オーソドックスな業績不振である。一方、二番底は景気回復期に発生する。経営者が「予想もしなかった」と絶句する大失敗プロジェクトが表面化し、業績を大きく下方修正する。これがSIerの業績における二番底だ。

 もし従来通りなら、SIerはこうした火だるまプロジェクトは今ごろに仕込む。既存顧客の開発中の案件が減り、不稼働のSEが増えるとその分の人件費が丸損になるから、「戦略案件」と美名を付けて、新規顧客の案件を安値で獲ろうとする。要件定義に多少あやしいところがあっても構わない。なんせ戦略案件なのだから・・・。かくして将来、経営を吹き飛ばすほどの威力を秘めた火種、というか爆薬をせっせと仕込んでいく。

 さて、今回はどうか。さすがに、多くのSIerがこれにはもう懲りている。PMOなど案件のリスクや採算性を審査する内部組織を整備しており、今年度からSIの会計処理に工事進行基準を適用したこともあり、今のところムチャな安値受注に走るSIerは少ないようだ。大手SIerの幹部の人に尋ねてみても、「もうそんなムチャはしないよ。短期的利益よりも既存顧客との長期的関係を重視している」といった話が返ってくる。

 「そんな教科書的な話をされても」と思ったが、どうやら大手ならそれも可能なようだ。まず、ユーザー企業も過去のプロジェクト失敗などに懲りて、ものわかりが多少良くなった。例えば料金引き下げを要求する場合は、単価の引き下げではなく、開発範囲の縮小で対応するようになった。そうするとSIerとしても、外注比率を引き下げることで何とかなる。

 大手SIerは今のところ、案件の減少や小粒化には外注先を“切り捨てる”ことで乗り切れると踏んでいるようだ。プライムベンダーである大手SIerは、もともと外注比率が高い。ユーザー企業が理不尽な単価引き下げを要求しなければ、内製化率を高めていけば、自身の仕事量は何とか確保できるというわけだ。

 そして、ユーザー企業のIT部門もSIer自身も“暇”な今をとらえて、顧客との長期的関係を強化しようとしている。何かといえば、顧客のシステムコンセプトやシステム化計画の立案に関与することだ。開発案件の凍結などで暇になったIT部門が今やるべきことは、情報システムの次世代を考えることだ。SIerとしても、カネにはならないが、この作業に協力することで、来期以降の大きな案件の獲得が見込める。

 つまり、この図式が維持できる限り、少なくとも大手SIerは、失敗プロジェクトの萌芽という火種の代わりに、将来の優良大型案件という希望を仕込める。ただしこれは、大手SIerが「パートナー」と言っていた下請けのソフト開発会社の犠牲の上に成り立つ。

 下請けの切り捨ては、不況期に何度も見た光景だが、今回はよりドラスティックだ。仕事を切られたソフト開発会社が、生き残るためユーザー企業にプライム営業をかけ、安値受注に走れば、どうなるのか。逆に彼らの経営が立ち行かなくなれば、大手SIerが今仕込み中の大型案件の開発を将来誰が担うのか。

 いずれにしろITサービス業界の多重下請け構造は、もはや維持できないだろう。それは大きな火種だが、その先に新たな希望はあるのだろうか。