最近RFIDに力を入れる日本企業が再び増えてきた印象があり、このようなコラムを書いている人間としては嬉しい限りです。雑誌やWebサイトでもRFID関係の広告を見かけることが多くなり、よく見かける広告にNECによる全日本空輸(ANA)の航空機整備用ツール管理のものがあります。この広告を見て、「そういえば航空業界でのRFID利用については今まで書いてなかったな」と思い出しました。

 航空業界ではさまざまな分野でRFIDの導入が進んでおり、直接関係の無い業界から見ても興味深い取り組みが行われています。今回は航空業界でのRFID利用に関する取り組みについて書きたいと思います。

ボーイングとエアバスが共同で取り組む部品サプライチェーン

 航空業界で最大のRFIDプロジェクトは航空機部品のサプライチェーン全体での管理です。しかも、RFIDの利用を航空機の製造時点で終わらせるのではなく、修理やオーバーホールでも利用して航空機のライフサイクル全体で活用していこうという壮大なプロジェクトです。航空機は無数の部品で構成されており、例えばボーイングの最新鋭機787ではRFIDタグで管理すべきものだけで2000種類あるとされています。これらの部品それぞれについて、耐久期限が切れていないかを確認する、万一不良品が見つかった際にリコールを行う、偽造品や盗難品が紛れ込まないように監視するのは非常に大変な仕事であり、RFIDの利用が非常に役に立ちます。

 もちろん、このようにRFIDを複数の企業にまたがって利用するのは非常に困難な取り組みです。ですが、航空業界にはこの問題に取り組むための好条件があります。世界最大の航空機メーカー2社、ボーイングとエアバスが本件については手を握り、仕様の調整などでも協力してリーダーシップを取っているのです。これほど明確な形で業界を挙げた導入推進体制が取られている事例は私の知る限り他にありません。

 当初の計画では2005年中にもタグ付け開始となっていたのですが、現時点ではタグの取り付けはまだ始まっていません。この遅れは現時点では技術的な問題が主な原因です。航空機部品管理ではGen2タグが利用されるのですが、現状の用途では成熟したと言ってよいパレット・ケース用のGen2スマートラベルなどとは違い、航空機部品で利用するRFIDタグには様々な技術的な課題があります。金属環境で読み書きができるのは無論のこと、利用環境は高温から低温にわたり、気圧の変化なども関係してきます。RFIDを部品のライフサイクル全体で利用するためには20年たっても安定して読み取りができないといけません。

 もう一つ、航空機部品特有の要件として、大容量のユーザー・メモリーが必要となることがあります。金属製の狭い機体の中で作業をする場合にはハンドヘルド・リーダーをバックエンドのシステムに接続することができませんし、そもそも飛行機はどんな小さな空港で整備が必要になるか分かりません。どうしても部品のタグに整備に必要な情報を格納しておく必要があるのです。2006年に航空業界が必要なユーザー・メモリーのサイズとして求めたのは64KByte。一般的に利用されているGen2タグのメモリー・サイズは512bit程度なのでサイズの違いは圧倒的です。当初は2006年中に実現を予定していたのですがその期間には製品が出てきませんでした。最初に対応したのは富士通で、2008年初めにサンプルの製造に成功し、現在では量産を開始しています。このほか、Tegoがユーザー・メモリー32KByteのGen2タグを開発し、2009年の春から製品出荷が開始されています。

 さらに、このような大容量ユーザー・メモリーを扱うためには、メモリーに書き込む情報の標準化が必須です。ユーザー・データ構造については、航空業界のデータ標準SPEC 2000が2009年6月に改定され、その中で標準化がなされました。ですが、そのユーザー・データを効率的に扱うためにはGen2規格の拡張が必要です。現在のGen2規格では読み書きの対象がユーザー・メモリー全体になり、作業履歴をメモリーの末尾に付け加える、最新の作業履歴のみを読み出すといったことができないのです。現在このようなユーザー・メモリーの扱い方の標準化作業が進められています。

 技術的な課題は大きいにせよ、業界のリーダー企業が手を組み、潜在的な効果も大きな野心的なプロジェクト、今後も見守っていきたいと思います。