東京海上日動火災保険の横塚裕志常務取締役が,2009年5月14日に開催された「富士通フォーラム2009」での講演「私はSEの仕事が好きです」で、SEの仕事の重要性を説いていた。

 横塚氏は1973年に旧東京海上火災保険に入社し、自動車保険オンライン・システムなど数多くのシステム構築に携わる中で、SEの仕事の大切さを痛感してきた。そのSEが昨今「3K職種」と呼ばれていることに憤慨している様子だった。

 「システムは空気や水のように大切な存在」。横塚氏が以前,自動車保険のオンライン・システムのユーザーから言われた言葉である。システムが止まったら損害保険は売れない。既存顧客へのサポートもできなくなる。それほどまでにビジネスの生命線であるということだろう。

 そのシステム開発で横塚氏が重視しているのは,ユーザーと一緒に要件を詰めることだという。横塚氏はこんなたとえ話をした。「ある技術者が水の中で使える銃を作ってくれと言われた。ところが詳しい内容を聞いたところ、魚を獲るためだと分かった」。それなら作るべきは銃ではなく、釣具である。ユーザーだけで要件を定義すると,こうした判断ミスが起こる危険があるということなのだろう。

 ユーザーとの要件定義を負担に感じるSEも少なくないだろう。しかし横塚氏は,「SEというのは,実はエンドユーザーに近い立場だ」と言う。「システムは現場の業務プロセスを映す鏡であり,システム開発は新しいビジネスモデルや業務プロセスを作ることでもある」(同)からだ。だから,どんどん業務のことを現場に聞きに行って良いのだと言う。

わくわくするか,心地よいか

 横塚氏がシステムや運用に関して大きく心がけていることは2つ。1つめは「シンプルにする」こと。コスト削減や品質向上につながるからだ。「例外処理は作らない」(同)。

 もう1つは「(ユーザーを)わくわくさせるものを作る」ということだ。意外な視点のようだが,横塚氏の経験によれば,ここを意識して作ることが,企業の競争優位を生むITにもつながるのだという。

 ユーザーをわくわくさせるようなシステムを作るにはどうしたらいいのか。横塚氏はいくつか条件を挙げた。SE自身の私生活を充実させること。ユーザーやSE同士が積極的にコミュニケーションをとり仲良くなること。デザイン力を養うこと…などだそうだ。

 SEがよいシステムを作れるようにするには,経営者の関与も重要だという。横塚氏がまず挙げたのが有能な人材の配置だ。「(SEは)企業の死命を制する仕事をしているといっても過言ではない」(同)からだ。次に「経営ビジョンをITで実現させるというセンス」(同)である。さらに,トラブルに対する覚悟である。「絶対にトラブルを起こすな、テストは何度もしたのだろうな、と言われ続けたら、SEはやる気がおきないだろう」(横塚氏)。

 そんな横塚氏にとって忘れられない出来事がある。3年かけて稼働させた自動車保険オンライン・システムのユーザーから「よいシステムを作ってくれて、ありがとう」と言われたことだ。まさに「SE冥利につきた。この言葉を聞いて、みんなの疲れがいっぺんに吹っ飛んだ」そうだ。

 急激な不況でSEの仕事が激減する会社も少なくないが,横塚氏は「SEにとって、今は大きなチャンス。是非仕事を変える提案をしてほしい。そうすれば、会社も変わり、日本も変わる。SEとはそういう仕事なのだから,思い切ってチャレンジするべきだ」と激励した。

 SEを元気にする。幸せにする。これが今、システム構築に最も重要なことだろう。多くの企業やソフト会社でそうした取り組みはなされているのだろうか。疲弊した現場になっていないか。その問題解決を日本のIT産業が問われているような気がした。