最近、ユーザー企業の人からITガバナンスの話を聞くことが多くなった。ITガバナンスはユーザー企業にとっては永遠の課題だが、いくつかの事情で最近ちょっとブームらしい。ITベンダーから言えば、「あまりカネにならない」領域。ただ、このご時勢、“ソリューションプロバイダ”の真価が問われている。ITベンダーとしてもソリューションを考えたい。

 まずITガバナンスって何、という話だが、私がゴチャゴチャ言うよりも、COBITの定義で十分。いわく「ITガバナンスは、経営陣および取締役会が担うべき責務であり、ITが組織の戦略と組織の目標を支え、あるいは強化することを保証する、リーダシップの確立や、組織構造とプロセスの構築である」。

 分かりやすい定義だ。そして極めて当たり前。だけど、ほとんどのユーザー企業はできていない。ITベンダーの人なら「客なんて、そんなものよ。この話、やはりカネにならないな」と思うだろう。しかし、ちょっと待て、である。ユーザー企業の問題意識にしばし付き合っても、損にはなるまい。

 ユーザー企業の間でITガバナンスに関心が高まってきたと言っても、多くの場合、経営者が問題意識を持っているのではない。「うちもITガバナンスに取り組まなければ」と言っているのは、たいていはシステム部門である。まあ、そこが日本の企業ITの哀しい現実で、弱体化したシステム部門の復権につなげたいという思いが見える。

 大半の企業では、経営者はITに関心がない。というか、忙しすぎてITなんぞに意識のリソースを割けないといったほうが正しい。こんなご時勢なんで、「不要不急のIT投資は凍結」と言っておしまいである。で、新規案件でやることのなくなったシステム部門は、「それなら長年の課題であるITガバナンスに取り組むか」という話になる。

 しかも、J-SOX対応がとりあえず一段落した。そう言えば、内部統制確立のためのフレームワークにCOBITを使った。その余勢を駆って、COBITベースでITガバナンスの確立にも取り組もう・・・。システム部門の気持ちは分かるが、これでは大変なことになる。ITガバナンスを単なる統制と読み替え、一方的にルールを決めて利用部門に押し付けたら、結果はミゼラブルだ。

 ITガバナンスを確立・強化するためには、当然のことながら経営者のリーダーシップが前提。それに利用部門の協力も不可欠だ。リーダーシップも協力もない中で、弱体化したシステム部門が「IT投資・運用ルール」なるものを作ったらどうなるか。大変な反発を受けるのが関の山で、ひょっとしたら黙殺されておしまいなんてことになるかもしれない。

 まずは、忙しくてITなんぞにリソースを避けない経営トップに代わり、経営の視点でITを企画する強力なCIO機能がいる。そのためには経営陣とシステム部門との強いリレーションが必須。さらに、システム部門と利用部門の円滑なコミュニケーションも不可欠だ。つまり、システム部門が経営陣や利用部門と会話でき、課題や情報ニーズをくみ取れる体制がなければ話にならない。ルールなんぞは、その後だ。

 そんなわけで、“システム部門主導のITガバナンス”の企ては、あっさりと瓦解するだろう。では、そんなユーザー企業を前にした時、ITベンダーとしてはどうするのか。「やはりカネにならない」と放っておけばよいのだろうか。

 かつて、と言っても、ほんの数カ月前までだが、ITベンダーの多くが「選別受注」を口にした。危ない案件、つまりITガバナンスが怪しい企業の案件は断ると豪語した。ITベンダーの中でも心ある人たちは、「ユーザー企業のCIO機能やシステム部門の強化に向けて我々も協力しないと、日本のITの未来は暗い」といった話をしていた。

 さて、景気がこうなってしまったが、ITベンダーはかつての発言を忘れてはいないと思う。案件受注は極めて厳しい情勢だが、パートナーとしてユーザー企業のITガバナンスの確立・強化に向け、少しは協力してみてはどうか。COBITの成熟度診断もよいが、経営者と対峙できるシステムコンサルタントのノウハウや、利用部門に飛び込める営業担当者のリレーション構築力を、ユーザー企業のシステム部門に伝授することだって考えていい。

 ユーザー企業のITガバナンスが強化され、システム部門が復活してくれば、ITベンダーにとっても中長期的にカネになるはずだ。くれぐれも、ITガバナンスが欠如した、とんでもない案件に、「背に腹は変えられぬ」とばかりに食い付いてはいけない。そんなことをすれば、ユーザー企業との健全な関係を作ろうとしてきた、これまでの努力はすべて水の泡である。