11月中旬,通信業界で働く人の勉強会に招かれ,経団連会館へ出かけた。30人ほどの勉強会で,通信機器メーカーや通信建設会社の課長クラスの人が多い。1時間半の講演と30分のディスカッションを依頼されていた。事務局からもらったテーマは「NGN時代のユニファイド・コミュニケーション」というものだった。

 仮題だったので,テーマは変更した。「企業ネットワークの第3の目的-NGN時代になろうがなるまいが,ユニファイド・コミュニケーションは不要」だ。テーマを書いた最初のスライドを写すと一同唖然,という表情をした。

 このコラムを読んでいる人なら驚きはしないだろうに,気の毒なことだ(「メールが電話より3倍エライ理由」の回を参照)。「ユニファイド・コミュニケーション(以下UC)」という言葉が登場したのは2003年だ。メール,電話,テレビ会議などを統合し,コミュニケーションの効率化や効果的なコラボレーションを可能にするのがUCの目的だが,コンセプトが出来て5年以上たっているのに一向に普及していない。UCの中核機能は通信したい相手の状態を知り,適切なコミュニケーション手段を選択するための“プレゼンス”だ。

 日経コミュニケーションが今年9月に発表した約1000社を対象とした企業ネット実態調査によると,プレゼンスを利用している企業は3%に過ぎない。UCの不人気を象徴する数字だ。

 勉強会に参加している人はUCが売れないということをよく知っているのに,何故いつまでもそれにこだわり続けるのか理解出来ない。さっさと見切りをつけて,需要のあるソリューションあるいは提案コンセプトを考え出せばいいではないか。

 「UCを売る」という手を打って,相手(顧客)は「NO」という手を示している。もう5年もたったのだから,次の一手を指すべきだ。

 筆者はネットワークに限らず,相手がある仕事を進める上で「3手先」まで考えることが大事だと思っている。今回は「3手先」まで考える意味について述べたい。

小さな3手先“提案コンペ”

 実は,筆者は将棋ファンだ。独身時代はよく新宿将棋センターに行っていた。だが,才能があったわけではなく三段止まりだった。結婚し,子供が生まれて20年近く将棋から遠ざかってしまった。しかし,数年前から毎日のように将棋を指すようになった。インターネット将棋だ。365日24時間,いつでもクラウドの向こうに相手がいて指したい時に指せる。

 ネット将棋を始めたころは,持ち時間10分,1手10秒くらいの条件で指すことが多かった。しかし,クラウドには若者が多いらしく,持ち時間3分,1手5秒以内などという条件がざらだ。今ではすっかりこのスピード将棋に慣らされて,集中力が高まり読みが速くなったように思う。ひょっとしたら,頭が良くなったのかも知れない(笑)。

 さて,「3手先を考える」というのはかつて将棋の勉強で覚えたことで,故・原田泰夫九段が唱えていた「3手の読み」が原典だ。将棋の局面が自分にとって有利になるように,ある狙い(目的)を持って1手指す。それに対して相手がどう応じて来るか2手目を考える。2手目が1通りに限定されるのはまれで,複数の応手があるのがふつうだ。相手の2手目に対して,3手目に自分はどう指すか考える。そして,3手進んだ局面を頭の中に描き,自分にとって有利か,少なくとも不利にはならないか評価する。不利になるなら,1手目が最善ではないのだ。別の手を考えることになる。

 力があれば,この3手1組の読みを繰り返すことで読みを深めることが出来る。深く読めなくても,最低,3手先を考えるのが基本だ。これは将棋に限らず,相手のある仕事をするときに有用な考え方だと思う。

 ところが,仕事をしていると「どうしてこの人は2手先さえ考えないのだろう」と思うことがある。例えば,大規模案件のコンペを考えてみよう。大型案件の提案コンペはRFI(Request for Information)とRFP(Request for Proposal)に分かれることが多い。RFIは顧客が基本的な要件提示を行い,提案各社が実現案を示す。顧客が案件に関係する技術や製品,実現方式,大まかな費用や必要な開発期間などの情報を収集すると同時に,提案内容を評価しRFPを提示するベンダーを絞り込むのがRFIの目的だ。

 筆者のような提案する立場で考えるとRFIに対する提案が1手目であり,それを顧客がどう評価し,どう使うかが2手目。そしてRFPに対する提案が3手目ということになる。

 顧客が2手目でするのは各社の評価と絞り込みだけではない。各社の提案に含まれるアイデアを洗い出し,「いいとこ取り」をしてRFPを作る。つまり,RFIで提案するアイデアはすべてコンペティターに流れてしまうと考えねばならない。また,RFIについて顧客との間で交わされる質疑応答の内容も,全部,コンペティターに筒抜けだと考えておいた方がよい。この2手目を考えず,RFIで自分たちの知恵をすべて絞り出して提案するのは愚かだ。

 他社が思いつかないようなアイデア,他社にはない設計や保守・運用のノウハウといった「コンペに勝つためのポイントとなる情報」は洗いざらいRFI提案に盛り込んではいけない。かと言って提案内容が貧弱過ぎて,RFPを貰えなくなっても困る。顧客の要件をきちんと満たし,次のステップに進める内容でなければいけない。このさじ加減が大事なところだ。3手目のRFP提案は何も隠す必要がない。顧客が最初の数ページを読めば提案の特徴や他社にないアイデア,顧客のメリットが明瞭に分かるようにする。

 RFIからRFPへと進む提案コンペは「3手の読み」のいい見本と言えるだろう。