RFIDの導入メリットを語るときの重要なキーワードの一つが「ビジビリティ」です。品物にタグを取り付けておくことで、その品物がどのように動いていて、いまどこに存在するかが分かるというもので、特に小売り業サプライチェーンが代表格のオープン・ループでの利用においては、導入メリットの典型例として語られてきました。ですが、実現手法やその意義について案外詰めた議論がなされていないように感じます。今回はサプライチェーンのビジビリティについて書きたいと思います。

ビジビリティと業務システムの微妙な関係

 まずはビジビリティについてもう少し細かい定義をしたいと思います。この記事では、RFIDなどの自動認識技術で取得されたイベントの履歴を閲覧・検索する機能をビジビリティとします。このようなイベントには、ゲート型やハンドヘルド形のRFIDリーダでの読み取り、棚内蔵リーダーによる定期的な読み取り、RTLS(リアルタイム位置情報システム)による位置の検知などを含みます。

 一方で、企業にとって価値のあるイベントは、業務システムのトランザクションの結果として生成されることもあります。そして、業務システムとビジビリティ・システムでイベント・データが重複する形で生成されることがしばしばあります。例えば,あるパレットを出荷したというトランザクション・データとあるパレットが搬出用ドアを通過したというビジビリティ・データ、ケースと中の品物が搬入用コンベアを通ったというビジビリティ・データと入庫検品完了というトランザクション・データ、などです。

 ITプロフェッショナルにとって、複数システム間のデータの整合性を取ることの重要性と難しさは周知のことです。例えば販売システムと生産システムで同じイベントが異なる内容で記録されているとどのような問題が生じるかということや、その不整合を解決するためのシステムや業務の修正が、多くの場合一筋縄ではいかないことは、体験された方なら骨身にしみていらっしゃると思います。ビジビリティ・システムと業務システムとの間でもこのような不整合は発生する可能性があります。

 これらの不整合は、社内だけで利用するのであれば、だましだまし扱えますが、社外とデータを共有するとなると、思わぬ問題を引き起こす可能性があります。そう考えると、システム間の整合性を取らなければ怖くてとても社外とのデータ共有を始められない。そう感じられる方も多いと思います。私もそれに近い考え方を持っていました。

不整合を利益に変えるアプローチ

 ところが、現時点の米国で主流になっているアプローチでは、不整合が発生することを過剰に問題視する空気はありません。

 現在、サプライチェーンでのビジビリティによるメリットの実現例としてもっとも有名なのは、クリスマスや新製品発売などのイベントに合わせた特売商品の展示です。米国ではこのような特売商品はパレットの上に商品が飾り付けと共に配置され、パレットのまま店頭に展示されます。もちろん店頭に出すタイミングはイベントに合わせて事前に指示されているのですが、米国の大手小売業の店舗オペレーションの水準ではこれがなかなか徹底できません。イベントと店頭に出すタイミングがずれて販売タイミングを逃してしまう、あるいはバックヤードでばらして通常の商品補充に使ってしまうといったことが頻繁に発生します。日本人の感覚ではちょっと信じがたい部分もあるのですが、特売商品パレットが想定したタイミング・展示方法で店頭に並ぶ比率は30パーセント以下という調査結果があります。

 現在ウォルマート・ストアーズの各店舗には売り場とバックヤードの間にRFIDリーダーが設置されており、RFIDタグが取り付けられた特売品パレットの通過を検出することができます。特売品パレットは確かにバックヤードから売り場に移動したか、移動したとすればそれはいつだったか。リーダーの読み取りデータから、これらを知ることができるようになりました。それまで特売品パレットの扱い状況を知るために、サプライヤーはわざわざ調査員を店舗に派遣して抜き打ちチェックをしていました。これに比べると大きな進歩だとして、米国のメディアではよく取り上げられる事例です。

 この事例では、特売品パレットのマスター情報(店頭展示日)とパレットのリーダー読み取り情報の不整合を検出することで、店舗での不適切なオペレーションを検出できるわけです。データの不整合を逆手にとって業務改善につなげた好例です。

 RFIDのカンファレンス「EPC Connection」で米国防総省のRFIDへの取り組みが発表されたことは前回の記事で取り上げましたが、この場でも、「トランザクション・データとビジビリティ・データの食い違いをどのように扱っているか」と質問が出ました。これに対する回答は、「これら2種類のデータは生成方法が異なるので当然不整合が発生する。その不整合を分析することで業務改善の手がかりを得ることができるのだ。その意味で不整合は必要なものである」とのものでした。

 インフラ的な部分での議論についても、トランザクション・データとビジビリティ・データを切り離して扱う方向に進んでいます。例えば、ビジビリティ・データの共有インフラであるEPCネットワークでは、「EPCネットワークはEDIシステムを置き換えるものではない」とのコンセプトから、ビジビリティ・データをトランザクション・データの代わりとして取り扱うことを否定しています。

割り切って見えてくるメリットもある

 もちろん、ビジビリティ・システムの中には、食品や医薬品のトレーサビリティのように業務系システムと整合性の取れたデータが否応なしに求められるものもあります。そうではない場合でも、業務系システムとビジビリティ・システムの間で無意味な不整合は少ない方が良いに決まっています。

 しかし、業務上許容される可能性があるのなら、まずは不整合が発生してもいいからビジビリティ・データを“AS IS”で共有することを考え、それでメリットがあれば使えばよい。そういうアプローチもありうると思うのです。

 日本企業のIT活用は省力化に偏り、欧米企業と比べて戦略的な活用法に弱いということがしばしば言われます。そのためか、このような割り切ったアプローチは受け入れられにくいのかもしれません。ですが、欧米で一定の効果をあげているということは、日本の企業にも効果的な側面があるはずです。せめてそのコンセプトだけでも理解しておけば、役に立つことがあるでしょう。