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 日本にとってインドは,アジア諸国の中で最も異質に感じる国であり,その意味で「最も協業しにくい国」と言えなくもありません。インドITベンダーの主要顧客は欧米の企業であり,ビジネス・スタイルも欧米流です。日本企業がそれに合わせて仕事を進めると苦労するかもしれません。その半面,インドのやり方はグローバル市場の仕事のやり方でもあります。これをどう考えるかで,インドが「やりづらい国」か「学ぶべき国」かに見方が分かれるでしょう。

 今回は,インドのIT産業が発展してきた経緯や,海外におけるインド人の働きぶりなどを通して,インドの強さの源泉は何か,インドと協業する際のポイントは何か,について紹介したいと思います。

インドIT産業の実サイズ

 さて,筆者とインドとの付き合いはもう10年以上になります。インドの経済やIT産業の成長をずっと内から外から見てきました。そこから直感的に思うことは,日本ではインドの経済やIT産業について,まだまだ誤解が多いのではないか,という点です。

 最近のトピックを例に挙げると,欧米中心に取引をしているインドに対して,「米国サブプライムローン問題を発端とする世界的な金融危機が,インドのIT産業に影響するのでは?」との見方があるようです。確かに短期的には,世界を襲った金融危機がインドにも影響しています。世界の投資家からインド企業への資金供給が細り,インド株が下落しています。

 しかし,最近の「ルピー安」はIT産業などの輸出業者にとって明るいニュースですし,輸入依存度の大きい原油の価格が落ち着いてきたも今後のインド経済にとって好材料です。インドには潜在的な経済発展の基礎体力があり,インド経済は内需中心なことから,長い目で見れば輸出依存度の高い他の国々に比べて金融危機の影響が小さいと言われています。

 インドのソフトウエア・IT産業だけに焦点を当てるとインドを誤解しやすいので,初めにインド全体の経済に少しだけ触れたいと思います。インド経済はおよそ8%の成長率で,アジアでは中国に次いで高い経済成長を遂げています。これまで,日本にとってインドは東アジア,東南アジアとは異質の遠い存在でしたが,皆さんご存知の通り,インドIT企業のグローバルな成長と急速な経済成長により,インドへの注目度が高まりつつあります。

 インド経済発展の中身を見ると,商業,ホテル,運輸,通信などのサービス分野が経済成長のけん引役となっています。そして,タイや中国に比べてGDP(国内総生産)に対する輸出比率が低く,インドの経済成長が「輸出より内需拡大によるもの」であることが明らかになっています。ちなみに,インドのソフトウエア・ITサービス輸出の話は有名ですが,2006年度のGDPに対する比率は3.4%にとどまっています。このあたり,日本のIT業界が持っているインドのイメージとは異なるのではないでしょうか。

 インドの経済状況に気付いた日本企業では,インドを「海外輸出拠点」と考えるのではなく,巨大な人口を有する「消費地」として見る動きが強くなっています。一方,インド経済の今後の課題としては,電力・港湾などのインフラ整備,一般労働者の雇用機会増大などが指摘されています。ソフトウエア・ITサービスの輸出だけでは,一部の知的労働者しか雇用吸収できないので,今後は産業の裾野の拡大が課題となってくるでしょう。

インドのIT産業は,どのように高成長を遂げたのか?

 インド・ソフトウエア・サービス協会によれば,インドの2007年度におけるソフトウエア・ITサービス輸出は400億ドル強(約4兆円)となっており,前年比約30%増加しています。インドIT企業は欧米を中心としたグローバル市場で活躍しており,その輸出先は米国63%,欧州22%,アジア・パシフィック11%となっています。日本向けの輸出は,わずか3.5%に過ぎません

 インドのソフトウエア・IT産業における就業者数は百数十万人以上,ソフトウエア・サービス輸出関連が約40万人,BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)などが約40万人とされています。現在およそ1000社のインド企業が欧米の大手企業を顧客としてITサービスを提供しています。

 インドの大手IT企業は,数千億円の売上高,数万人の従業員という規模となり,名実ともにグローバル企業に成長しています。こうしたインドIT企業の驚異的な成長は,いくつかのビジネスの発展過程を経て実現されています。

 1980年代半ばのインドIT企業は,人材派遣によるアプリケーション開発とメンテナンスがビジネスの中心でした。その後,「eビジネス」や,いわゆる「2000年問題への対応」で成長する機会を得ました。さらに,システム・インテグレーション(SI),パッケージ・ソフト開発,オフショア開発への対応で飛躍しました。最近では,ITコンサルティング,BPOにまでビジネスを展開し,独自の得意分野を強化して成長しています

 この成長の陰には,インド政府による投資誘致,環境整備,輸出入促進税制/インセンティブ,人材育成(特にインド工科大学などによる高度人材の育成)があり,また優秀なインド人経営者,営業担当者,技術者によるハングリーな市場開拓・技術開拓の努力があります