11月1,2日,岡山県備前市の山間(やまあい)にある閑谷学校(しずたにがっこう)で第31回情報化研究会「国宝・閑谷学校で考えるネットワークの未来」を行った。JR岡山駅からクルマで1時間近くかかる不便な場所なので,何人参加してくれるか心配したのだが,東京,名古屋,京都,広島,岡山から16人が集まった。

写真1●楷の木と研究会参加者
写真1●楷の木と研究会参加者
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 7月末の研究会旅行で閑谷学校を初めて訪れたとき(そのときのコラム),国宝の講堂でぜひ勉強してみたい,と思ったので帰京してすぐに隣接する岡山県青少年教育センターの会議室と宿泊を予約した。時期を11月にしたのは孔子廟の前にある一対の楷(かい)の巨木が紅葉するからだ。まったく同じ品種の木なのに,左の木は赤く,右の木は黄色に紅葉している(写真1)。原因は分からないそうだが,同じ色に紅葉するより美しい。

 1日の午後1時に現地集合し,BT(British Telecom)ジャパンのヨン・キムさんと筆者が講演し,その後グループ討議とその発表を行った。キムさんのグローバルな話も面白かったが,地元で岡山情報ハイウェイの仕事をしている人たちの山ひだに分け入っていくような話がとても新鮮だった。

写真2●国宝・講堂での論語講義
写真2●国宝・講堂での論語講義
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 2日の午前中,国宝の講堂で論語の話を聞いた(写真2)。300年前に少年たちが講義を聞いたのと同じ漆塗の床にすわって話を聞けば,何か感じるものがあるだろうと期待していた。しかし,正座した足の痛みを我慢しているだけで,何の感懐もなかった。

 ちなみに,一般の見学者はまわりの廊下を歩くことは出来るが,板の間の講堂に入ることは出来ない。講堂での講義を予約し,当日講堂に入る直前には靴下を二重にはかねばならない。脂などで汚れた靴下で床を汚さないためだ。講義が終わると,ネルの布で床磨きをした。手のひらを床につくと汚れるので,ついてはいけない。膝(ひざ)もついてはいけない。中腰での床磨きはけっこう辛かったが,このときはじめて江戸時代の少年たちも同じように床磨きをしたのだろうな,と共感を覚えた。

 さて,今回はこの研究会で考えたことについて述べたい。

グローバル・ネットワーク上のバーチャル・データセンター

 キムさんに研究会で話をしてもらうのは3回目だ。今回印象に残ったのは2点。一つめはとても単純な事実なのだが,これまで知らなかったBTと日本のキャリアの事業構造の違いだ。日本の通信事業者の売り上げは90%以上がコンシューマからの売り上げだ。中には95%を超えるキャリアもある。法人の売上比率がとても低いのだ。

 これに対してBTの売り上げに占めるコンシューマの比率は23%に過ぎない。大企業40%,中小企業12%,他の通信事業者25%だ。法人からの売り上げが過半を占め,しかも大企業の割合が多い。BTが携帯事業を自社で持っていないことが効いているのだろうが,固定通信で見ても日本のキャリアとは事業構造が違う。日本の通信事業者も国内での不毛な価格競争に明け暮れず,サービスのグローバル化に注力し,世界に事業展開する国内外の大企業を顧客にする努力が必要だ。

 キムさんの話で面白かった二つめは,グローバルなバーチャル・データセンター・サービスだ。バーチャル・データセンター(以下,VDC)という言葉自体は最近眼にするようになった。しかし,そのほとんどは一つのデータセンターをバーチャライズするという意味で使われている。2年前からサービスされているBTのVDCはグローバルIPプラットフォームと呼ばれるネットワークで結ばれた,世界48カ所のデータセンターで構成される。企業はそのプラットフォームの上で,必要なコンピューター資源やOS,データベース,アプリケーションを利用することが出来る。これらの資源がどこにあるかを意識する必要はない。

 単独のVDCでは一つのデータセンター内でピーク特性の違う多数のユーザーを収容し,資源の利用効率を高める。これに対し,ネットワーク化された複数のデータセンターでサービスを提供するBTのVDCは規模の経済性が発揮しやすく,より効率的なユーザーや資源の配置をすることが出来る。のみならず,通常時使っているVDCに大きな障害が起こると,すみやかに別のVDCに切り替える,といった信頼性の高いIT環境を提供できる。

 BTのVDCは筆者のいう「ネットワークの第三の目的」である,グローバル・プロキュアメント(ネットワークを使って世界中からコンピュータ,電力,人材,土地・建物などの資源を調達すること)の手段としてぴったりだと思った。と同時に日本のネットワーク業界の人間とは発想のスケールが違うな,と感じた。BTの人たち,いや,欧米の人たちはもともと世界地図の上で物事を考えるのが当たり前なのだろう。日本にも世界で通用しているグローバル企業は多い。そんな企業はBTと同じ発想が出来ているに違いない。しかし,もっともグローバルであるべきネットワーク業界は日本地図から抜け出すのが遅れているようだ。