クラウド・コンピューティングを巡る米ITベンダーの“空中戦”が、いま抜群に面白い。特に、マイクロソフトのクラウドOS「Windows Azure」なるものは、つくづく良く出来た仕掛けだと感心した。良く出来たというのは、マーケティング上でという意味。視界不良の雲の中に誘いたいグーグルやアマゾン・ドット・コムと、視界良好の青空にしたいマイクロソフトの虚々実々の駆け引きが見えてくる。えっ、何のことか分からないって。

 マイクロソフトがWindows Azureを発表した10月27日、彼らの技術カンファレンス「PDC」の初日だ。それでもう、PDCはクラウド・コンピューティング一色に染まるお祭り騒ぎとなったようだ。そのあたりの話は、既にIT系メディアでさんざん紹介されているので、あえて論評しない。私が面白いと思ったことだけ書くと、マイクロソフトはクラウド・コンピューティングを極めて分かりやすいものにしたってことだ。

 Windows Azureを使ってマイクロソフトは、自社のデータセンターでクラウド・コンピューティングの基盤サービスを提供するという。いろんなことを言っているが、話は至ってシンプル。身も蓋もなく言えば、アプリケーション・ホスティング・サービスを提供しましょうということ。.NET環境でアプリケーションを開発する技術者にとっては、これまでと何も変わらない。今まで通りアプリケーションを開発していればよい。何も心配することはない。

 そして、クラウド・コンピューティングでよく話題になる圧倒的なスケーラビリティではなく、SLA(サービス・レベル・アグリーメント)の話が前面に出る。何のことはない。企業情報システムの「所有から利用へ」の流れに沿って、一部のWindowsアプリケーションを“サービスの世界”に移しましょうって話にすぎない。

 「なんだぁ」と拍子抜けするぐらい分かりやすい話。マイクロソフトが描くクラウド・コンピューティングは、わくわくするような予測不能な未来像ではなく、誰にでも理解できる予測可能な未来像だ。世の中の技術者の半分には安心感を与え、あとの半分の技術者には退屈な印象を植え付ける。そう今のマイクロソフトにとっては、クラウド・コンピューティングを見える化して、当たり前の話に落としてしまうことが極めて重要なのだ。

 なんせグーグルやアマゾンは、何が飛び出すか、どんな飛躍があるか分からない予測不能な未来像をクラウド・コンピューティングという言葉に込めて、世界中の技術者、そしてユーザーや投資家を引き付けている。今までのITの秩序は崩壊し、やがて新しい可能性が見えてくると語りかける。レトリックを駆使し言えば、モクモクと湧き立つ入道雲の中に、未来へとつながる秘密の扉が見つかるかもしれない。そんな夢をばらまいている。

 しかも、彼らの現在のクラウド・コンピューティングの実力は、雲に隠れてよく見えない。圧倒的なスケーラビリティ、そして信じられない数のサーバー台数を喧伝し、その凄さを演出してはいる。しかし、ではどんな技術で実現しているのかとなると、厚い雲のベールで覆われる。しかも、圧倒的なスケーラビリティが必要なアプリケーションは、現在のところ実はそんなに存在しないという事実も雲の中だ。

 もちろん、こうした“クラウド・マーケティング”は、極めて正しいビジネス行動である。優秀な技術者、常に新しいものを求めるユーザー、金儲けの対象を血眼になって探す投資家を磁力のように引き付ければ、本当に新しいビジネスが創れる可能性が高くなる。サービスになってもソフトウエアが中心のITだ。ソフトウエアの世界は映画『マトリックス』のように何でもできる。そして、それがリアルな経済と結び付くと爆発的な変化が起きる。

 マイクロソフトはそのあたりの恐ろしさをよく分かっている。だからクラウド・コンピューティングを分かりやすいもの、退屈な未来にしたい。そして今まで通り、マイクロソフトによってコントロール可能なビジネスにしたい。

 アジュア、アジール、アジュール・・・今のところ、どう発音してもよいようだが、Azureとは青空とか、空色という意味。「雲を浮かべる空(=クラウドのプラットフォーム)」という理解が一般的だが、私は別の意味があるような気がしている。空色は雲ひとつない、抜けるような空の色。予測不能な雲を消し去って、視野良好の空にするという寓意がこもっているのかもしれない。

 それはともかく、日本のITベンダーの人とクラウド・コンピューティングの話になると、熱狂的な信奉者か、ドン引きする人の二手に極端に分かれるのはどうしたことか。もはや「所有から利用へ」の流れが加速するのは止められない。それを前提にもっと冷静にプレーヤーの駆け引きを観察すると、興味深い現実がいろいろと見えてくる。

 例えば、なぜグーグルとセールスフォース・ドットコムは仲が良く、マイクロソフトとアマゾンは接近するのか。それを分析するだけでも、クラウド・コンピューティングの現状が浮かび上がってくる。日本のITベンダーもぜひ、彼らの動きを観察・分析して、クラウド時代のビジネス戦略を組み立て、有力なプレーヤーになってもらいたいと思う。