「コンピュータの計算能力ばかり追求するなど、日本の技術開発の方向性は間違っている」。日本IBMの岩野和生執行役員・ソフトウェア開発研究所長は,クラウド・コンピューティングに対する国内ITベンダーの取り組みをこう批判する。

 たくさんのパソコンを活用して高速計算処理を実現させるPCグリッド・コンピューティングや,米アマゾン・ドット・コムが提供するストレージの時間貸しサービスに関心の目がいってしまい、クラウドによるパラダイムシフトを見逃している」という。

 eソーシング、ITユーティリティ・コンピューティング、オンデマンド・コンピューティング、クラウド・コンピューティング--。米ITベンダーは次々に新しい言葉を生み出している。意図する内容は少しずつ異なるのだろうが、共通しているのはハードやソフトといったIT資源の共有化である。だが、日本のITベンダーの多くが,これらを「バズワード」(定義がはっきりしない流行語)ととらえており、この潮流への対応が遅れている。

 システム基盤が共有化されると、ITベンダーに求められる技術は今とは異なってくるし,ITベンダーの収益構造も大きく変わるだろう。米IBMは,クラウド・コンピューティング環境を実現できた要因を、ミドルウエアやWebサービス、自律化、仮想化などの技術の結実であるとしている。ハード性能が18カ月で2倍になるという「ムーアの法則」も織り込み済みである。

 ハードの価格は今後もどんどん下がり、極論すれば「タダ同然」になったハードが世界各地にばらまかれ、つながっていくことになる。そのインパクトはどうだろうか。計り知れないものがある。受託ソフト開発に重きを置いてきた日本のIT産業に,強烈に構造改革を促すことは確かだ。

クラウドを維持できるのはせいぜい数社

 岩野氏は研究開発におけるクラウド・コンピューティングの活用事例を挙げる。例えば、サーバー数台にOSやデータベース、Webアプリケーション・サーバーにオープンソース・ソフトを使うシステム環境を作るのに、10分から20分でセットアップできるという。

 そうなれば、例えばシミュレーションに要する時間は1週間から10分に短縮され、企業の研究開発が加速する。このようなコンピューティング環境を短時間に容易に整備できる場は,米国の一部の大学には既に整備されている。

 中国・無錫では、数十万人のソフト技術者がクラウド・サービスを活用して、統一したソフト開発環境を実現している。投資金額の少ない中小企業が先端ソフトを安価にいつでもどこからでも利用できるようになれば、技術者のスキルは向上する。新技術を駆使した新しいビジネスモデルを考える上でも役立つだろう。
 もちろんクラウドは、IBMだけのものではない。富士通やNEC、日立製作所にもクラウドを作れるチャンスはある。IBMクラウド、富士通クラウドなどが登場し、ユーザー企業がそれらを選択する。システム障害対策のなどのサービスレベルから適切なクラウドを選べばよい。

 さらにトヨタ自動車やパナソニック、ソニーなど大企業自身が自らクラウドを構築することもあり得る。もちろん、これらクラウド同士がつながる時代も来るだろうし、いままでに構築した企業内ITシステムをクラウドと組み合わせるハイブリッド型の活用もあるだろう。

 米グーグルや米アマゾン・ドット・コム、米ヤフー、米フェースブックなど,コンシューマ向けサービスを提供する企業も、企業向けITインフラ事業に参入している。サービスレベルが問題とされていたグーグルも,10月30日、企業向けのオンライン・サービス(有償版)の可用性を99.9%に引き上げると発表した。

 もっとも、企業情報システムの世界では,基幹系などで99.999%を求められるケースも少なくない。IBMなど企業システムで豊富な実績を持つ既存ITベンダーは既にこれを実現させているわけで,その点,彼らより優位な立場にいるのかもしれない。

 だが、クラウドを作り上げ、それを維持できるほどの巨大な市場シェアを獲得できるITベンダーはせいぜい数社とも言われる。だからこそ、大手各社はここに投資に集中し、技術力に磨きをかけ、大急ぎで各地にデータセンターを設置しているのである。