ES(Employee Satisfaction:従業員満足度)が経営にとって極めて重要であることを,トップや経営者は本当の意味で理解しているのだろうか。

 以前,最近取り沙汰されている新入社員の早期退職に,ESが基本的な対策になると触れたことがある(関連記事)。そもそもESは,CS(Customer Satisfaction:顧客満足度)の大前提であり,業績をも向上させる。このことについて経営者は,理屈はともかく,心の底からきちんと認識しているのだろうか。

 今回と次回でESについて検討し,ITとの関係についても考えてみよう。

90年代以降,軽視されるES

 ESとCSとの間には99%の因果関係があり(MICコミュニケーション,メイジャーUSトラベル・サービス,ランク・ゼロックスなど各社での実績),ESが1%増加すると,CSが0.22%増加する(メリー・メイド社の実績)とも言われる(「カスタマー・ロイヤルティの経営―企業利益を高めるCS戦略」,ジェームス・L.ヘスケット,他著,日本経済新聞社刊)。

 業績との関係では,ある大手チェーンストアの勤務者対象調査で,職場や仕事に満足している従業員が多いほど,1店舗当たりの利益率が高いという結果が報告されている。また有名な話だが,サウスウエスト航空が「従業員第一,顧客第二」という企業理念で業績不振にあえぐ米国航空業界において,30年間連続黒字計上をしているという(「小企業におけるESの現状 ― 『従業員満足に関する調査』結果より - 」国民生活金融公庫)。

 それにもかかわらず,ESは軽視されている。

 例えば,経営者が思っているほど,従業員は勤務先がESに取り組んでいるとは思っていない。国民生活金融公庫が2005年12月に実施した調査では,中企業(従業者数21人以上100人以下)の経営者で,ESに対する自社の方針が「積極的である」+「どちらかと言えば積極的である」とする回答が78.0%,「積極的でない」は22.0%である。これに対して,同じく中企業の従業員で「積極的である」+「どちらかと言えば積極的である」は35.0%にとどまり,「積極的でない」は65.0%に達している(「小企業におけるESの現状 - 『従業員満足感する調査』結果より - 」国民生活金融公庫)。

 そもそもES軽視のきっかけは,効率化・BPR(Business Process Reengineering)・リストラ(Restructuring)などの大義名分のもとに行われた経営再建策である。90年代以降,「企業は株主のためにある」という米国流の企業観が主流となり,「企業はお客や従業員のためにある」という日本的企業観が後退した。

 ESが軽視されている現場の実態を見たければ,アウトソーシング華やかな大企業の製造現場を訪ねてみればよい。請負外注メーカー名の入った看板がいくつも掛かっている。外国人グループもある。特に外国人は,仲間内の情報で賃金の高い企業へ簡単に流れるという。請負作業者が作業者全体の80%から90%も占める企業も少なくないという。こういう現場では,経営者・管理者がよほど意識的にESに力を入れようとしない限り,正社員も請負の非正社員もESとは無縁の世界にいることになる。

 某中堅企業では,4月に何人かの新入社員を各配属先へ配属した。その際,受け入れ先の一つである情報システム部門は,新入社員が来てから,あわてて机やロッカーや身の回りの備品の準備を始めた。新入社員の配属はあらかじめ通知が来ているのに,全く準備をしていなかったからだ。新入社員は,準備が整うまで事務室の隅でじっと下をむいて待っていたというが,その間,どんな気持ちだっただろう。

 同じ企業では,間もなく定年退職を迎える男が盛んに憤っていたこともあった。彼の言い分は,次のとおりだ。「俺の定年は,何十年も前から分かっていたことだ。なのに,来月定年を迎えるにもかかわらず勤労課から何の沙汰もない。退職手続き・退職金の説明・健康保険の説明など山ほどの用件があるはずなのに。定年3週間前に痺れを切らしてこちらから行ったら,『あっ…』と言いながらやっと説明してくれた。退職したら,人を大切にしないこんな会社に二度と顔を出すものか!」。

 「人を大切にしない!」,その憤慨の声は言わず語らずのうちに社内に伝播していく。新入社員受け入れの問題も,定年退職者取り扱いの問題も起こった部門は違うが,しかし根っこは同じなのだろう。このほか,役員間の確執が当の役員たちが知らないうちに社内で噂の種になっていたり,役員の派閥が部下を巻き込んでのっぴきならぬ状態になっていたりするケースなど,ESに悪影響を及ぼす状況を目や耳にすることが少なくない。

 こうして見てくると,極めて重要なES問題を多くのトップや経営者は皮相的ではなく,心の底からまじめに考えているのかと,はなはだ疑問に思えてくる。

 では,ES向上にどう取り組むべきなのか。次回はそのことを検討する。