クラウド・コンピューティングって当たり前に普及する。クモ(Web=クモの糸)時代からクモ(雲)時代への移行はもう間違いない。だが、依然として「単なるマーケティング・ワードだ」と強く主張する人も多い。もちろんその側面もなきにしもあらずだが、決して“バズ・ワード”ではない。クラウド・コンピューティングと言われるとドン引きするユーザー企業の人も、観点を変えると即座に賛同してくれるしね。
どういうふうに観点を変えるのかと言うと、ITインフラの観点から考えてみる。自社でコンピュータ・ルームを維持したくないユーザー企業は、ITベンダーのデータセンターを利用する。中には「サーバー機器も持ちたくないや」と考えるユーザー企業もある。これに対応したのがホスティング・サービスなどである。
そして今、多くのユーザー企業にとって悩ましいのは、ミドルウエアまで含めたITインフラをどうやって構築・管理していくかである。よほどの大企業でなければ、ITインフラの構築・管理のために専任技術者をアサインできない。IT部門としては業務アプリケーションに集中したいのであり、ITインフラについてはITベンダーに任せてしまいたい。
そんなニーズを受けて、日本でもデータセンター事業を展開するITベンダーがミドルウエアまで提供するサービスを事業化しようとしている。要は、データセンターからハード、OS、ミドルウエアまでITベンダーが全部面倒を見るから、お客さんは自社の業務アプリに集中してくださいというわけだ。こうしたビジネスは規模の経済が効く。多くのユーザー企業を集められれば、仮想化技術を使って、いわゆる統計多重効果を出すことができる。
ITベンダーだけでなく、ユーザー企業にも大きなコストメリットがある。ITインフラの面倒を見る必要がなく、しかも安いとなれば、後はセキュリティとか、ITベンダーの信用度に問題がなければユーザー企業としても利用しない手はない・・・こうした話をすると、ユーザー企業の人は基本的にアグリーだ。しかも、そうしたユーザー企業はクラウド・コンピューティングの入り口の近くまで来ている・・・。
なぜか。クラウド・コンピューティングをエンドユーザーの視点で言うと、ネット(=クラウド)にアクセスだけで、コンテンツやアプリケーションなどのリソースがどこにあるかを意識することなく、いつでも、どこでも簡単に利用できるようになること。それは企業の情報システムでも同様で、社内外のリソースを必要に応じて活用したり、マッシュアップなどの技術を利用して新たなリソースを作り出したりできるようにしたい。
まあ、難しく言わなくても、既に仕事でGmailを利用するのは普通のことだし、地図情報をマッシュアップして仕事で活用するビジネスパーソンも増えてきた。ただ問題は、こうした“クラウド利用”が情報システム部門を無視する形で行われていることだ。システム部門としても、こうした流れは止められないのが分かっているから、こうした外部リソースを安全に活用してもらう仕組みを考える必要性が出てくる。
かくしてミドルウエアまでのITインフラを提供するサービスは、クラウド基盤サービスとなる。クラウド基盤が外部リソースと安全に連携できる仕組みを提供してくれれば、ユーザー企業のシステム部門は、こうしたクラウド基盤を活用することでエンドユーザーの要望に合わせて外部のリソースを安全に使える仕組みを作れる。
システム部門が独自に企画するアプリケーションも、これから続々と登場するSaaSなどの外部リソースを組み合わせて素早く開発できるようになる。ITインフラは借り物なので、出来の悪いアプリケーションなら、とっとと破棄して作り直せばよい。エンドユーザーに評判の良いアプリケーションなら、外部に公開して他社にも使ってもらって稼げばよい。課金はクラウド基盤サービスを提供するITベンダーに任せればよい。
こうして企業情報システムも全世界を覆うクラウドの構成要素の一つになる・・・もちろん、すぐにこうした未来図が実現するわけでもないし、企業の付加価値の詰まったようなアプリケーションがクラウド上で公開されるわけもない。ただ、ユーザー企業にとってはハッピーな未来だし、既に米国のITベンダーは、トラディショナルな企業もベンチャーもクラウド・コンピューティングを前提につっ走っている。マーケティング・ワードとして賞味期限はともかく、方向感としてはもはや間違いない。
ところでクラウド・コンピューティングはユーザー企業としてはハッピーなのだが、SIerなど多くの既存ITベンダーにとってはかなりアンハッピーだ。クラウド・コンピューティングは規模の経済が働くと言ったが、グーグルやアマゾン・ドットコムが有利なのがまさにその点。クラウド基盤サービスをゼロから始めると、採算に乗るまでにどのくらいのユーザー企業を集めればよいのか気が遠くなるが、グーグルやアマゾンは自らが超ビッグユーザーで、既に規模の経済が働いている。
ただ、大企業向けの“エンタープライズ・クラウド”に限定すると、意外に面白いのが大手ユーザー企業のシステム子会社だ。グループ全体にITサービスを提供するシェアド・サービス会社となり、自社のデータセンターをクラウド基盤として整備し・・・なんてことをIBMあたりが盛んに焚きつけている。それなりの規模の経済が働いているし、グーグルなんかのサービスに比べて圧倒的な信頼がある。グループ企業内に閉じることなく、他社にもサービス利用を広げていけば、新しい時代のITベンダーとして結構面白いことができるだろう。
いずれにしろ、SIerにとっては自社のビジネスモデルが直撃される。グローバルな景気後退と時期が重なっているだけに、クラウド・コンピューティングのような所有からサービスへの流れに弾みがつく可能性もある。「マーケティング・ワードだ」なんてうそぶいて、思考停止している暇はないと思うのだが。