ITサービス業界で大型のM&Aの必要性が叫ばれて幾年月。小さな投資額の買収を繰り返すNTTデータを筆頭に、小粒のM&A案件はそこそこ出てきた。まあ、メーカーを除けばITベンダーの経営規模自体が小粒だから仕方がないのかもしれないが、最も急進的な再編が必要な業界で、耳目を集めるような大型のM&Aが出ない。思い切ったことをやらないITベンダーの経営者の“言い訳”も聞き飽きたのだが・・・。

 「ITサービスは人がすべての商売。人が辞めてしまったら何も残らない。そんなわけで、M&Aに関してはいろんな話があるのだが、なかなかねぇ・・・」。M&Aの実施を経営課題に挙げておきながら全く音なしのITベンダーの経営トップに話を聞くと、だいたいそんな答えが返ってくる。そりゃ、もっともな話・・・と思っていたのだが、よくよく考えると何かがおかしい。

 確かに、プロダクトやサービスを問わず商品を作り出すために、なにがしかの固定資産を持つ他の産業と異なり、SIや受託ソフト開発などのITサービス業では大枚をはたいてM&Aを仕掛けても、買収先の企業から人が辞めてしまったら何も残らない。投資家に「余っているキャッシュを何に使うんだ」と突っ込まれて、苦し紛れに「M&A」と答えたものの、大型案件なんか怖くできない。で、自分より経営規模が一回り小さい企業の吸収か、グループ企業同士の合併でお茶を濁す。

 まあ、ITサービス業界のM&Aなんて、多くはそんなところだ。ただ、この業界ほど大型の再編が必要な業界はほかにない。これは数年前から指摘されていたこと。商品を「ソリューション」とカッコよく言ってみたところで、ITベンダー各社のソリューションは似たり寄ったり。ユーザー企業に聞くと、ITベンダーの提案書を読んでいると、あまりに同じなのであくびが出てくるという。

 かくもソリューションという名の商品はコモディティ化が激しい。なのにITサービス業界はオーバープレゼンス状態が続く。技術者の数はその時々で足りなくなったり、余ったりしているが、ユーザー企業とプライム契約を狙うITベンダーの数は一貫して過剰だ。だから技術者が足りない好況期でも、ユーザー企業に足元を見られSE単価はさほど上がらず、これからやって来るような不況期には思いっきり単価を絞られてしまう。

 だから、力のあるITベンダーならM&Aによる業界再編を仕掛けなければいけないのは、自明の理。なんなら自分が買収されて、ITサービス市場から消去される側に回ってもいい。それが株主のためであり、従業員のためでもある。グローバル対応だって、米国の金融クラッシュで顧客を失い苦境に直面であろうインドのITベンダーの買収を狙ってもよい。これからなら、ひょっとすると“小が大を飲む”ことだって可能になるかもしれない。

 そんな話をITベンダーの経営者にすると、「無理、無理、無理、絶対に無理」とドン引きされる。でもねぇ、他の産業だと、もはや当たり前なんだけど。そうすると、冒頭の「人がすべて」論の登場となる。だけど、よくよく考えてみると、M&Aでなにがしかの固定資産を手に入れることができる他の産業でも、M&Aした企業から人が大量に辞めてしまったら即アウト、M&A失敗である。このためM&Aでは慎重に、そして大胆に事を運ぶ。

 だから、大型のM&Aを否定する「人がすべて」論は基本的におかしな話。おそらくITベンダーの経営者は、究極の経営管理が要求されるM&Aとその後のマネジメントに自信がないのだろう。そうすると、ITサービス業界での業界再編、そしてユーザー企業と対等に付き合える一流の産業への道など、夢のまた夢になる。

 そんなことを考えながら、金融業界を眺めてみると、やはりこの業界は凄い。野村証券は経営破綻したリーマン・ブラザーズのアジア・太平洋、欧米・中東の両部門を買収したが、資産は引き継がず、人だけ引き継ぐという。その数は5500人。まさに「人がすべてである」。M&A後に間違いなく異文化衝突が起きるだろうけど、そのリスクをとった。成否はともかく、これが経営だと思う。

 野村証券のリーマンに対するM&Aでは、新たな話も表面化した。10月3日付の日本経済新聞によると、リーマンのIT拠点であるインド子会社も買収するとのこと。すぐに野村総合研究所と合併なんて話にはならないだろうけど、これはちょっと面白い動きだ。ITサービス業の大手は、他の産業大手の子会社である場合が多いから、今後、親会社の意向でM&Aが進む可能性がある。ただ、それはそれで、かなりトホホ感のある話だけれど。