「事業の発展に必要な研究開発や人材育成、マーケティングといった機能をあまり重要視していないのでないか」。

 NTTデータ経営研究所の三谷慶一郎パートナー・情報戦略コンサルティング本部長は、ITサービス会社やソフト開発会社の現状をこうみている。ITサービス会社の動向に詳しい三谷氏は「感覚的な数字」と断りながらも、次のように指摘する。「ITサービス会社のほとんどが、R&Dには売り上げの1%程度、人材教育には0.3~から0.4%程度しか使っていない。どちらもすごく小さい額だ」。何でも手掛ける全方位のサービス業なので、マーケティングなど必要ないと思っているのだろうか。

 ITサービスの業界団体である情報サービス産業協会(JISA)が平成20年度事業計画で指摘しているように、日本のITサービス市場は今や売上高16兆円超、従業員数82万人という、国内有数の産業に育っている。しかし、1人当たりの売上高は約2000万円で、20年前と変わらない。生産性が全く向上していないのだ。

 そのITサービス業界で、最近収益向上策として浮上したのが「取引慣行の見直し」だ。ユーザーとの役割分担を明確にし、契約は仕様が決まってから結ぶといったことだ。もちろん、ユーザーが仕様を固めていない段階で金額を決めて受注するのは大きなリスクだが、それでもこれは根本的解決というよりは小手先の改善策に近いものだ。

 そして相変わらず、工数を積み上げて利益を上乗せする人月ベースの見積もり方式は温存している。リスクが少なく、一定の利益が上げられるので、人さえ集めれば、売り上げと利益をなんとか確保できると考えているのだろう。だが、こうした労働集約型サービスの出番は減っていく傾向にある。

 システムをゼロから作り上げるフルスクラッチが減り、パッケージの活用や部品の組み合わせが主流になれば、人を多く抱えるITサービス会社は苦しい状況に追い込まれる。だから、パッケージ・ベースで受注したのに、無理矢理カスタマイズを増やすITサービス会社もあると聞く。だが、そんなことが長続きするとは到底考えられない。

 さらにインドや中国、東欧諸国から安価な開発力が供給される。オフショア開発は今でこそ、原価削減の推進力だが、インドや中国がいずれ強力なライバルに成長するのは間違いない。「業務色の少ない領域や、日本語の壁、習慣の壁が薄い領域から、海外人材が担うようになる」(三谷氏)のは確実だ。例えばOS、ミドルウエアといったソフト製品、さらにはISP(インターネット・サービス・プロバイダ)やIDC(インターネット・データセンター)のシステム運用である。電子認証システムなども該当するという。

 ITサービス会社の経営者は「中国やインド企業には負けない。競争の源泉は信頼性の高いシステム構築力にある」と主張する。だが、人月ベースで見積もりをしていては品質の差を料金に反映することは難しい。人月ベースだと、値下げ圧力も増大するだろう。ユーザーから「なぜ、こんなに工数がかかるのか」「なぜ、こんなに高い単価なのか」と疑問が噴出するかもしれない。開発効率における個人差の大きさ、作業内容や範囲の不明瞭さ、テスト工数と品質との関係の不明確さなど、「人月積算に対する不信感は増す一方だろう」と三谷氏は予想する。

売り逃げの癖が抜けない

 最大の問題は、ITへの投資に見合った効果が得られていないことだ。「投資効果を測っていないので、ユーザーはうまくいっているのかどうかも分からない」(同)。IT導入によるビジネス・プロセスの改革といった付加価値を売り込めていないことも大きく影響している。他方、SaaSベンダーが登場、米グーグルなども無償サービスを提供し始めた。米アマゾン・ドット・コムなどがハードを安価に活用できる仕組みを作った。従来の価格設定に対する不信感は募る一方である。

 確かに、ユーザーのIT調達能力にも問題はある。多くの経営者はITに興味を示さない。そんな経営者が「安ければいい」と考えると、現場はコスト削減だけを目標にしてしまう。「社長に褒めてもらうために、コスト削減だけを尺度に動くようになるのが一番怖い」(三谷氏)。ITを使ってビジネスを革新するはずが、ITをできるだけ使わないようにしよう、となってしまう。

 そうではなく、ユーザー自らもコストを弾き、ITサービス会社が出した数字とかけ離れていたら議論する。ITサービス会社も、ユーザーが悩んでいるIT戦略立案に関わっていく。こういったことが必要なのだが、日本のITサービス会社はシステム構築を請負型で受注するのが常なので、自発的に提案することがない。ユーザーは問題を指摘しているのに、ITサービス会社は、ユーザーの組織や業務の見直しなどに踏み込みたくない。システム納品後に手離れが悪くなるのを嫌う。

 三谷氏は「将来に向けた投資をする。そのことが、単なる派遣業と根本的に違う点だ」と指摘する。将来に向けた投資とは、技術開発や人材育成、マーケティングのことだ。逆に言えば、今のITサービス会社は一歩間違えば、単なる人材派遣業ということだ。