前回は,請負契約の仕事が完成していない場合の契約解除とそれに伴う支払い済みの請負代金の返還について,検討しました。今回は,請負契約における仕事が完成している場合の契約解除について検討してみようと思います。

 仕事の完成を「仕事が当初の請負契約で予定していた最後の工程まで終えているか否か」(東京地裁平成14年4月22日判決)という基準で判断すると,仕事は完成したけれども,瑕疵(かし)が存在することはあり得ます。このような状況におけるユーザーの契約解除の主張は,民法635条に基づくものということになります。以下,どのような場合に,民法635条に基づく解除が有効となるのかを検討します。

民法635条
仕事の目的物に瑕疵があり,そのために契約をした目的を達することができないときは,注文者は,契約の解除をすることができる。

重大な瑕疵があれば完成後に契約を解除されてしまうことも

 ユーザーが,請負契約を民法635条によって解除しようとする場合,単に目的物に瑕疵が存在するだけでは足りません。「そのために契約をした目的を達することができないとき」でなければなりません。本稿では,この要件を満たす瑕疵のことを「重大な瑕疵」と呼ぶことにします。

 重大な瑕疵が存在しなければ解除できないとされているのは,仕事の完成後に軽微な瑕疵しか存在していないにもかかわらず,請負契約を解除できるとしたのでは,請負人に酷な結果となるからです。軽微な瑕疵が存在している場合,注文者であるユーザーはベンダーに対し,瑕疵修補を請求したり,瑕疵修補に要した費用について損害賠償請求することができるとすることで,民法上バランスが図られています(民法634条1項,2項参照)。

 システム開発委託契約においては,納品して引渡しをしたものの,バグが発見されることは多々あります。単にバグが存在したことのみをもって,ユーザーが「重大な瑕疵」であると主張することがありますが,このような主張は法的に正しくありません。この点について,東京地裁平成9年2月18日判決は以下のように判示しています。

東京地裁平成9年2月18日判決
いわゆるオーダーメイドのコンピューターソフトのプログラムで,本件システムにおいて予定されているような作業を処理するためのものであれば,人手によって創造される演算指示が膨大なものとなり,人の注意力には限界があることから,総ステップ数に対比すると確率的には極めて低い率といえるが,プログラムにバグが生じることは避けられず,その中には,通常の開発態勢におけるチェックでは補修しきれず,検収後システムを本稼働させる中で初めて発現するバグもありうるのである。多数の顧客が実際に運用することによりテスト済みの既成のソフトウエアを利用し,又はこれを若干手直ししてコンピューターを稼働させる場合には,そのような可能性が極めて低くなるが,顧客としては,そのような既成ソフトのない分野についてコンピューター化による事務の合理化を図る必要がある場合には,構築しようとするシステムの規模及び内容によっては,一定のバグの混入も承知してかからなければならないものといえる。

 では,どのような場合に,「重大な瑕疵」が存在すると判断されるのでしょうか。この点に関し,前述の東京地裁平成9年2月18日判決や東京地裁平成14年4月22日判決が重要な示唆を与えていますので,これらの裁判例を見てみましょう。

東京地裁平成9年2月18日判決
コンピューターソフトのプログラムには右のとおりバグが存在することがありうるものであるから,コンピューターシステムの構築後検収を終え,本稼働態勢となった後に,プログラムにいわゆるバグがあることが発見された場合においても,プログラム納入者が不具合発生の指摘を受けた後,遅滞なく補修を終え,又はユーザ-と協議の上相当と認める代替措置を講じたときは,右バグの存在をもってプログラムの欠陥(瑕疵)と評価することはできないものというべきである。これに対して,バグといえども,システムの機能に軽微とはいえない支障を生じさせる上,遅滞なく補修することができないものであり,又はその数が著しく多く,しかも順次発現してシステムの稼働に支障が生じるような場合には,プログラムに欠陥(瑕疵)があるものといわなければならない。
東京地裁平成14年4月22日判決
情報処理システムの開発に当たっては,作成したプログラムに不具合が生じることは不可避であり,プログラムに関する不具合は,納品及び検収等の過程における補修が当然に予定されているものというべきである。このような情報処理システム開発の特殊性に照らすと,システム開発の途中で発生したシステムの不具合はシステムの瑕疵には当たらず,システムの納品及び検収後についても,注文者から不員合が発生したとの指摘を受けた後,請負人が遅滞なく補修を終えるか,注文者と協議した上で相当な代替措置を講じたと認められるときは,システムの瑕疵には当たらないものと解するのが相当である。

 これらの判決からすると,裁判所が「重大な瑕疵」と判断するのは,システムの機能に軽微とはいえない支障を生じさせた上,さらに以下の条件にあてはまる場合と考えられます。

  1. 遅滞なく補修することができない
  2. 相当な代替措置を講じていない