「閉じた世界に閉じこもる」。ある上場ソフト会社の元経営者は、日本のソフト産業が内向き指向で縮こまる方向に歩んでいることを心配する。日本市場だけ、日本のユーザー企業だけにしがみつく、まるで“金魚のフン”のように見えるからだ。

 ソフト会社の経営者は、大手ITベンダーを頂点とする階層構造が崩壊しないと信じているし、「顧客との信頼関係を築いており、我々は国内で実績があるし、高い技術力もある」と主張する経営者もいる。だが、日本のソフト会社を取り巻く環境は大きく変化しており、「日本で技術はナンバーワンだ」、「この分野の開発力はピカイチだ」と言っても世界で通用するだろうか。日本を代表するソフト会社が育っていないことから、それは明らかである。

 理由はいくつもある。ユーザー企業の要望とはいえ、労力を提供する主従関係の形態に甘んじ、自らサービス商品やプロダクトを作り出すことを怠ってきた。投資を抑え、プロフェッショナルの育成に力を注がなかったこともある。知的財産に対する意識も希薄だ。その結果、ソフトプロダクト、さらにSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)をはじめとするサービス化で欧米企業に席巻される事態を招いた。

 そこにインドや中国のIT企業が台頭してきた。停滞傾向にある日本市場に彼らが本格的に出てくれば、一瞬にして日本のソフト技術者が過剰になり、価格競争が激しさを増すのは当然の成り行きである。これまでハードの世界にしかなかった1年半から2年で性能が倍になるという「ムーアの法則」が、ソフトにも持ち込まれようとしているのだ。

 にもかかわらず、グローバル化の波が押し寄せていることを無視しようとする。話をしたくないのかもしれない。しかし、ユーザー企業は投資を抑えようと、より安価なところに発注していくだろうし、大手ITベンダーも利益確保のためにオフショア開発のウエートを高めるだろう。なのに、何の策も打ち出さない。いや打ち出せないのは、「グローバルで戦うのは無理」「大手ITベンダーの傘の下がまし」というあきらめ感が漂っているからだろう。若手技術者の間に「何をやっても認められない」「現状打破は難しい」と閉塞感も見られる。

やがては金魚にも見放される

 ユーザー企業はやがて、こうしたソフト会社の経営姿勢を問題視する。それは「“金魚のフン”と付き合っていたら、金魚がダメになってしまう」との危機感を持ち始めた時だ。業界関係者は「グローバル展開を図るソフト会社も出てきた」と主体的に取り組み始めていると反論するが、自ら進んで市場開拓に乗り出しているのだろうか。ユーザーが海外進出したので、ビジネスを失わないために「海外に出た」というケースがほとんどのはずだ。

 日本市場がグローバル競争にさらされるまで、残された時間は少ない。ソフト会社が生き残るには、自らサービス商品作り、技術力を磨き、主体的なビジネスを展開できるかにかかっている。つまり、ユーザーから言われたことだけを解決するのではなく、ビジネスプロセスの変革などの提案力が必要である。それができる企業が日本を代表するソフト会社になる。育たなければ、ソフト産業の将来は開けない。

 ※本コラムは日経コンピュータ2008年8月15日号「田中克己の眼」を再録したものです。