近年,ベトナムがオフショア開発/アウトソーシング先として脚光を浴びています。これまでの5年間,ベトナムの経済成長率は7%以上であり,アジア地域においては中国とインドの次に成長が著しい国となっています。日本からのオフショア開発が増えていることも無関係ではありません。

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 ただ,少し気をつけてほしいことがあります。これまでベトナムや周辺国の中国,タイ,カンボジア,そしてインドなどと関わってきた経験からして,最近の日本における“ベトナム・ブーム”の情報は,日本側の視点に少し偏っているように思うからです。そこで今回は,現地の人や風土を直接見た経験から,ベトナムについてお話したいと思います。まだ発展途上ですが,一緒に仕事をする相手として日本人との相性は良いと思います。

 とはいえ,かつて南北に分かれていたベトナムでは,北部,中部,南部で風土が違います。仕事の進め方も,それぞれの地域に合わせた工夫が必要かもしれません。前回紹介した中国ほどではないにしても,ベトナムもまた,多様性を持つ国なのです。

90年代に「しっとり」としていたベトナムの町は,賑やかな別世界に

 初めてベトナムを訪れたのは1990年代半ばのことでした。東南アジアの海外工場予定地の調査のため,各国調査の一環としてベトナムのホーチミン,ハノイなどを訪れました。その頃のベトナムは,オートバイは少なく交通信号機もない,しっとりとした町でした。その中を,鮮やかなアオザイを着た女性が自転車に乗っているのが印象に残っています。

 政府系機関との打ち合わせでは,英語を話す人がとても少なかったため,ベトナム人の通訳に,日本語/英語をベトナム語に翻訳してもらい,コミュニケーションで苦労したのを覚えています。当時,市内のタクシーでも英語はあまり通じませんでした。

 しかし,2000年代に入って海外取引が急拡大し,英語がベトナムのどこでも通用するようになったのには驚きました。多くの人が英語を積極的に勉強するようになったためでしょう。英語のスキルは決して個人の能力に起因するのではなく,市場のニーズに応じて個人が身に付けるものだと実感しました。

 昔は大都市ホーチミンでも街灯やネオンが少なく,夜は結構暗かったのですが,活気に溢れていたのを強く覚えています。そして,夕方暗いホーチミンからフィリピンのマニラに移動したとき,明るいネオンのマニラ市内を見てほっとしたことを覚えています。あれから十数年後,ベトナムは道路に車やオートバイそして大勢の人が溢れる賑やかな別世界に変わりました。

年率40%成長のベトナムIT市場

 ベトナムはインドシナ半島の東に位置し,地政学的に中国や欧米などから大きな影響を受けてきました。ベトナムは南北1700キロメートルの細長い国で, 33万平方キロメートル(九州を除く日本の面積に相当)の国土の75%は山脈,丘陵,高原地帯です(上記地図を参照)。人口は8400万人。東南アジアではインドネシア2億人の次に多く,ベトナムの経済活力の源泉になっています。

 ベトナムのIT市場の成長率は年率4割以上です。その規模は全体で約300億円,うち輸出が85億円,ITサービス企業の数は1000社近くあり,技術者の数は1万人以上と言われています。そして従業員数100人以下の企業が全体の7割以上を占め,中小ベンダーの多さが産業構造の特徴です。インドや中国の会社数が数千社,技術者数が数十万人から百数十万人のレベルと比べると,その規模はまだ小さいと言えますが,今後の日本向け事業の拡大が期待されています。

インドや中国が「主張の文化」なら,ベトナムは「柔和な文化」

 ベトナムは「中国プラス1」という市場ニーズが追い風となり,日本に似た面もあるため,昨今注目が集まっています。

 「中国プラス1」というのは,もともと製造業から出てきた言葉です。海外生産を拡大し始めた当初,中国への企業進出は比較的スムーズでしたが,中国の反日デモを契機として“チャイナ・リスク”が認識されるようになりました。このリスクはもともとあったもので,想定していなかった方がおかしいのですが,当時は試行錯誤の時期だったのです。

 そこで,リスク対策(リスク分散)のため,中国以外にも生産拠点を作る必要があると考えるようになり,「中国プラス1」の国としてベトナムなどが候補に挙がりました。この言葉は,その後IT業界でも使われるようになっています。

 さて,そうした波に乗って実際にベトナムの企業や人々と仕事をしてみると,インドや中国とは異なる「さっぱりした食べ物」,人々の「控えめな応対」などが日本に合っていることを実感しました。

 日本人技術者がインドや中国での開発プロジェクトを長く続けていると,その異文化対応に少し疲れてきます。そのような経験を持つ技術者がベトナムに接触したとき,気持ちがリラックスして,うまく一緒に仕事ができた例を目の当たりにしました。中国やインドでは「主張の文化」を強く感じますが,ベトナムでは柔らかい対応で控えめな態度・発言に「日本との近さ」を感じ,精神的安定がもてたようでした。