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“蟹工船”ブームに浮かれるなかれ(3)弱者・経営者・国それぞれの役割に期待する「蟹工船」ブームについて,今回は弱者の動き・経営のあり方・国の施策の関係について検討する。 前回は,「私たちはいかに『蟹工船』を読んだか」(遊行社)にまとめられた「蟹工船」エッセーコンテスト入賞作品から,弱者の立場にある彼らの,厳しい現状認識について見た。 彼らは,事態にどう対応しようとしているのか。以下,「私たちはいかに『蟹工船』を読んだか」やNHKの番組で見聞した若者のコメントを引用させていただく(「私たちはいかに『蟹工船』を読んだか」からの引用は出典を省略)。 まず,彼ら自身の考え方・物の見方が変わったという感想がある。これはすがすがしく,新鮮に感じる。
とかく物の見方が皮相的で道徳心も失ったと言われがちの現代の若者の中に,期待できる若者がいる。 次に,個々人で動けという主張がある。
動かないより,個々人でも動く方が確かによい。しかし,限界がある。 さらに肝心なことだが,行動を起こすことを,あるいは団結することを呼びかける声がある。
しかし,彼らの主張には力を感じない。ほとんどが「蟹工船」と変わらない非人間的現状を吐露するだけで,「蟹工船」のように団結することは無理だと思っている。仮に立ち上がる必要性を感じても,自ら立ち上がろうとするのでなく,他者が立ち上がることを促しているようである。
こうした能動的な声は,少数意見である。しかしここでも「能動的に」何をしようとしているのかが分からない。 前々回主張したように,労働組合運動は資本主義発展のバランスをとってきた。そのような視点から今の弱者の活動に期待するのは,やはり案じたように過剰な期待なのだろうか。 貧困者の支援活動に携わる湯浅誠氏は読売新聞2008年6月27日号に,「我々のところへ相談に来る人たちはどん底まで行った人たち。物理的にも精神的にも何かを考えたり行動したりするパワーすらない状態だが,『蟹工船』を読んで自殺でも自傷でもない団結というやり方もあることを知っていく可能性はある」とコメントしている。まさにあるのは「知っていく」可能性だけなのだろうか。 ただ,この可能性さえも期待しなければ,事態は好転しない。前々回で経営側の非正規雇用労働者に対する考え方の変換を求めたが,これが実は弱者の団結と大いに関係してくる。
電機連合が「派遣・請負問題プロジェクト」を年内に開始前々回,「できるだけ多くの非正規雇用労働者を抱え込む方が得策だ」という発想との決別を経営者に促した。ただし,正規雇用は人件費の上昇につながる。経営者は,人件費の上昇が企業の業績を圧迫すると考え,なかなか踏み切れない。しかし日本経済が閉塞状態から抜けきれない昨今,正規雇用への転換はひとつのブレークスルーになり得る。人件費の上昇,給料の上昇は,GDPの60%超を占めるといわれる個人消費を活性化する。個人消費の活性化は経済を活性化し,従業員のモラールアップと相まって企業の業績にプラスに働く。経営者は,目先の業績に囚(とら)われてはならない。大所高所からの経営判断が求められる。 しかし,このままではそう簡単には変われない。 それを変えるのが,労働組合運動の圧力だ。資本主義のバランスある発展のために,労働組合運動の健全な活性化が必要なのだ。かくして,弱者は立ち上がらなければならない。行動を起こさなければならない。一人ひとりが組織に向かって歩き出さなければならない。 幸いにして,電機連合の動きは追い風となる。電機連合は年内にも「派遣・請負問題プロジェクト」を本部に設置し,派遣や請負労働者の組織化に積極的に取り組む。電機産業全体で,現在52万人もの派遣・請負労働者がいるが,派遣・請負会社の従業員であるため今まで労組に加入させられず,労使交渉に派遣労働問題を持ち込めなかった(日本経済新聞2008年7月4日付)。 これらの動きから,前々回に問題を提起した「蟹工船」と現代の弱者から浮かび上るテーマ,「経営のあり方」と「弱者の動き」は別々のテーマでなく,不可分の関係にあることが分かる。 さらに,国の動きとも関連してくる。派遣労働者保護のために,与党が労働者派遣制度の見直しを始めた。その内容の例として,派遣元企業が受け取る手数料割合の情報公開義務付け(派遣元が必要以上に手数料を取り,低賃金のおそれがある),派遣先企業にも労災保険の補償責任(今は派遣先に労災補償負担の責任がない),「専ら派遣」の規制新設(同一企業グループ内に労働者を派遣するシステムで,派遣労働者の処遇を切り下げるおそれがある),さらに派遣労働者に不利な「日雇い派遣」についても業種を特定するという(読売新聞2008年7月3日付)。 一方でこの規制強化は,企業にとって急場の人材確保が困難となり,労働者にとっては雇用機会縮小の恐れがあると言われる。しかし,企業はアルバイトや人材のやりくりでしのげるとも言う(日本経済新聞2008年7月29日付)。問題は労働者側,しかも定年退職者・主婦・アルバイトよりも,本業として定職を得られない弱者の雇用安定なのだ。国の施策について,目先の人気取りや政争の具として発想すると,結果が中途半端であっちもこっちも立たなくなる。弱者に如何にチャンスを与えるかというテーマに集中すべきである。 そういう国の施策についても,経営のあり方と同じように変革させる大きな要因の一つが,労働組合やNGO(非政府組織)などの組織の圧力だ。当事者である弱者は,行動を起こさなければならない。組織に向かって歩き出さなければならない。弱者の「可能性」に期待したい。 これら国の動きの発想転換,経営のあり方の見直し,そのための弱者の行動の必要性は,蟹工船ブーム以前の問題だ。ブームは,革命も革新も起こさない,所詮ブームにしか過ぎない。 連載新着連載目次へ >>
著者プロフィール『日立製作所・八木アンテナなどで,経営から事業企画・製造・営業・情報システムなど幅広く経験。現在は,naoIT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。主な著書「IT導入は企業を危うくする」「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(いずれも洋泉社)』。ITproでの過去の掲載記事は増岡直二郎バックナンバー一覧へ。 |