「中小企業市場からエンタープライズ市場に拡大する」との方針に沿って,中堅・大企業向けの市場に参入しようとしたサイボウズですが,その時点ではまったく実力が伴っていませんでした。

 まず製品力がありませんでした。中堅・大企業向けに「サイボウズ ガルーン」という名のグループウエアを新たに開発したのですが,中小企業向けの「サイボウズ Office」を改良したものでしたから,エンドユーザーにとって使いやすい機能は揃っていたものの,システム管理機能や負荷対策が不十分で,システム管理者に満足していただけるものではありませんでした。

 「その割に価格が高い」と,お客様からは厳しいご指摘をいただきました。「サイボウズ Office」はインターネットで直接販売することが多かったのですが,「サイボウズ ガルーン」は間接販売のみ。すると,販売パートナー様に卸価格で販売する形になるため,私たちメーカーがいただく金額に差がなくても,エンドユーザー様にとっては大きな値上げになってしまいました。

 また,販売ルートを作るために集めてきた営業メンバーは,エンタープライズ市場どころかコンピュータの素人集団。そこに唯一あったのは,「必ずこの事業を立ち上げる」と固く誓ったメンバーの意気込みだけでした。

 「サイボウズ Officeと何が違うの?」「機能が変わらないのに,値段は2倍?」と,何度も聞かれては,答えに窮する状況でした。しかし,あきらめませんでした。私たちは何か明確な機能差をつける必要があると考えました。しかも,グループウエアと親和性が高いものです。

“お客様第一主義”の重さ

 お客様と対話を進め,メンバーで議論する中で行き着いたのは,「EIP(Enterprise Information Portal)」,いわゆる「企業ポータル」機能でした。そのころ,既に世の中には専用のEIPソフトがいくつも販売されていました。中堅・大企業では,Webベースの社内システムが増えてきており,それらをまとめて統合的にアクセスさせたいというニーズが顕在化し始めていたのです。しかし,専用のEIPソフトは機能が豊富であるものの,社内ポータルを作るにはプログラミングが必要で,高価格のものばかりでした。もっとエンドユーザーレベルでカスタマイズできるEIPを作り,ガルーンに搭載すれば喜んでいただけるのではないか。そう考えて実行し,そしてガルーンはお客様に受け入れられるようになっていきました。

 ソフトウエアメーカーが新機能を搭載するとき,どのような基準で機能を選択すべきか。作りたいものではなく,使いたいものを選ばなければなりません。そして,それは顧客の視点から見たものでなければなりません。今回はそのことを学びました。お客様からいただく厳しい言葉の一つ一つにヒントが隠されていて,それを聞く姿勢こそが,私たちのような弱小メーカーが生き残る唯一の手段なのだと思います。

 「お客様第一主義」という言葉は,多くの企業が大切にしている言葉です。しかし,本当に「第一」にしているか。自分の希望よりも,自社の都合よりも,本当にお客様を「第一」にしているか。「お客様第一主義」という言葉を口にするたび,その言葉が持つ厳しい意味を深く心に刻んでいきたいと思います。