前々回で検討した“社会にITが与える負の影響に関する対策案”について,各方面からいろいろな問題が指摘された。また,議論が足りないところもあった。

 指摘には,以下のようなものがあった。

  1. そもそも,提案された対策案(IT関連企業に対する課税や情報化会計の導入)は実現性に疑問がある。大体,政・官・業界が簡単に乗ってくるのか
  2. なぜ国家主導なのか。国家主導となれば,政治的思惑の入った過剰規制が心配だ
  3. 営利企業が,課税や情報化会計などの負の要因に同意する経済的インセンティブが必要ではないか
  4. 過去,文明は急進化こそすれ崩壊はしない。その間,必要悪もある

 今回は,これらの指摘について検討してみたい。

インターネットを意思表示の手段として活用しよう

 まず,最初の指摘から検討してみよう。政・官・業界が,筆者が提案したような対策にそうそう簡単に乗ってくるのか。確かにそのとおりだ。何故なら,政も官も業界も「ITの社会に対する負の影響」なんて差し当たり痛くも痒(かゆ)くもないからである。環境問題が初期においてそうであった。しかし,将来IT社会が立ち行かなくなる可能性があり,そうなると大変な付けが回ってくることに今から気付かなければならない。

 ITの負の影響が現状程度の取り上げられ方では,いつまで経っても事態は進展しない。最近でも学校裏サイト,ネットで流布する情報を使った硫化水素自殺の頻発などの問題が起きた。それでも世論は,いっとき眉をひそめるだけだ。肝心のマスコミはそれらの話題を瞬間的に取り上げて,識者のもっともらしい,しかも対症療法的な対策案を紹介するだけ。政・官も,対症療法に過ぎない規制の網を掛けようとするだけ。IT機器使用のマナー違反,パソコンやケータイへの過剰依存についても,世間は注意しても無駄だと諦めているかのようだ。

 これほど大きな問題が発生し,問題がさらに大きくなろうとしているのに,これではダメだ。私たちはもっと深刻に問題を受け止め,もっと怒り,根本策を求めて行動を起こさなければならない。

 幸いにして,私たちは意思表示のためにインターネットという有力な手段を手にしている。ITの負の影響の被害を受ける私たち自身がそのことを騒ぎ立て,マスコミ・識者・労働組合・NGO(非政府組織)などの諸団体を動かさなければならない。その世論を受けてマスコミがさらに世論を喚起する。そうした相乗効果で,最終的に政・官・業界が動かざるを得ない状態に持っていくべきである。それは私たち自身の責務である。他人(ヒト)が動くのを待っていてはダメだ。

 2番目の指摘は,なぜ国家主導でなければならないかというものだ。それは,この問題がローカルで取り上げるべきものではなく,国家的見地から取り組むべき,広範囲で懐の深いテーマと考えるからだ。すなわち,ITが今後の社会・政治・経済の発展を担う,あるいは発展に寄与するからである。ITの負の影響に対する対策案が,課税や教育,諸制度制定など法律に関連するからであり,さらに情報化経営・情報化会計は所轄官庁がコミットメントしなければ実施できないからである。

 ただ,国家主導の事業では規制強化などが憂慮される。例えば,筆者はITの負の影響への対策として「自然保護活動」,「福祉貢献活動」,「読書推奨運動」などを主張している。だが,これらの活動・運動を国家主導で進めるとなると,政・官はこれらをいわゆる修身教育・道徳教育の一環として位置付け,その内容を規制する可能性がある。規制に従わないときは,予算措置で割を食わされるかもしれない。あるいは,福祉貢献活動が福祉行政の欠陥を補う手段として現場で運用されるおそれがある。

 また,「情報化経営」,「情報化会計」では,企業はITの負の影響への対策の「効果」とそれに対応する「コスト」を計上することになる。だが,政・官がフィルタリングなどの規制を義務化して,企業がそれに従わないときは,せっかく企業努力で達成した「効果」と「コスト」の計上を認めないことが考えられる。それは,表現の自由の規制,権利の行使の妨害になりかねない。

 これらを防ぐには,国家による過剰規制を監視する第三者機関の設置が必要になる。この種の機関はとかく何らかの色が付くが,公正を期してメンバーを広く各界から選出し,主義主張の偏りをなくすべきだ。

情報化会計は環境会計と同じく企業経営の必須の要素になる

 3番目の指摘は,営利企業は社会の将来のためとは言え,経済的インセンティブがなければ,課税や情報化会計に簡単には応じないだろうというものだ。特に,初期の段階や軌道に乗るまでが問題だろう。

 これは非常に困難な課題である。何故ならITの負の影響に対する対策は,企業において何の付加価値も生まないからである。残念ながら,対策を実施しなければ企業にとってマイナスの影響を及ぼすという消極的インセンティブしか考えられない。しかし,世論が高まり,対策が軌道に乗れば,企業経営の必須の要素になることは環境問題が示している。

 まず,情報化経営への取り組み方が,企業に対する投資基準や企業評価の要素として考えられるように間違いなくなるだろう。また,情報化経営に取り組まないと,企業にとってイメージダウンとなるだろう。これらのことは,環境経営ですでに証明済みである。さらに,情報化経営に取り組まないと,ITの負の影響に対する後始末にあらぬ出費を強いられることになる可能性がある。例えば,インターネットによる被害の補償を当該企業に求める方向に,世論が高まっていくことが考えられる。そうなれば,企業はITの負の影響を排除する対策を採用せざるを得ないところに追い込まれる。

 なお,最後の指摘だが,確かに文明は絶妙なバランスを取って発展してきた。必要悪か致命的な悪かは,歴史の判断に委ねるしかない。

 いずれにしろITの負の影響に対する対策実施のために,早急に客観的な第三者機関を設置しなければならない。そのためのトリガーを引くのは,被害者である私たち自身を置いてほかにない。