昔から思うのですが、マイクロソフトの日本語表記ルールは実に奇妙です。現在は、広く一般に公開されていますので、ぜひ目を通してみてください。

 まず、マイクロソフトは世界中の多くの言語をサポートすることを強調しています。そのためのポータルサイトも設置されています。しかし、そのサイトの日本語名は「マイクロソフト ランゲージ ポータル」。「ランゲージ」という言葉は決して一般的な用語ではありません。「ポータル」が一般に通じるかどうかも怪しいものです。各国の言語を尊重しているようにはとても思えません。

 ちなみに、フランス語サイトもスペイン語サイトも、最初のパラグラフに登場する英語は「Microsoft」だけです。なお、かなに相当する文字を持つ言語はどうだろうと思い、韓国語サイトを開いてみましたがハングルは読めませんでした。

 次に、各言語のスタイルガイドを見てみましょう。一覧の中で、私が知っている言語は日本語だけですので、日本語を選びます。こんな規則がありました。

全角文字と半角文字 (記号を含む) の間にはスペースを入れます。
全角文字どうし (記号を含む) の間にはスペースは入れません。

 ここで言う「半角文字」は、7bitアスキー文字を、また「全角文字」は漢字やひらがなを指すと思われます。現在のPCでは、いわゆる「アスキー文字」は漢字の半分のサイズではありません。おそらくDOS時代以前の規則の名残なのでしょう。確かに、昔のフォント(たとえばPC-9801のROMフォント)の場合、全角と半角を混在させると、窮屈な感じがします。

 しかし現在、ほとんどのドキュメントはプロポーショナルフォントを使って表示されます。固定ピッチのフォントを使う場合であっても、半角の前後のスペースは読みやすいように自動調整してくれるのが普通です。たとえば、Microsoft Wordには「半角文字と全角文字の文字幅を調整する」というオプションがあります。そのため、むやみにスペースを挿入すると、レイアウトが乱れてしまうでしょう。Wordの開発チームの人は、この規則に怒りを感じないのでしょうか。

 しかも、この規則は文字の種類を制限していません。全角文字には、記号やラテン文字(アルファベット)、ギリシャ文字なども含みます。こんな例文はどうでしょう(後述しますが、マイクロソフトの日本語表記ルールでは、数字と単位記号の間は半角スペースが必要です)。

「1000 nm は 1 μ m です」

 nm(ナノ・メートル)は、半角ラテン文字だけで表記できますが、μm(マイクロ・メートル)は全角ギリシャ文字を含んでいるため、スペースが必要です。もちろん、本来は全角ギリシャ文字など使うべきではありません。WindowsではSymbolフォントを使えば、「本物の」ギリシャ文字が使えます。しかし、現実に全角ギリシャ文字や全角記号は、半角文字と混在して広く使われています。そして、多くはスペースを空けると読みにくくなったり、混乱したりします。

 さらに妙な規則がこれです。

例外として、欧文地名以外の複合語をカタカナ表記するときはスペースを入れます。

 この規則は、マイクロソフトの表記規則で最も不自然なものです。なぜなら、日本語の表記規則に対する「新しいルール」を提案しているからです。私にはとうてい受け入れられませんが、歴史的に見ると句読点などもあとから発明されたものですから、後の世代では一般的になるかもしれません。

 例を挙げましょう。

「保存のショートカット キー操作」
「稼働中のドメイン コントローラを停止」

 一度で、「ショートカットキー」「ドメインコントローラ」と読むことができましたか? 私は何度読んでも、スペースで一度切ってしまい、一瞬つかえてしまいます。

 マイクロソフトの「ランゲージポータルサイト」には「マイクロソフトのランゲージ スペシャリスト」という表記もありました。「ランゲージ スペシャリスト」ではなく「言語の専門家」の方が良いと思いますが、それは置いておきましょう。ここでは半角スペースがあるために「マイクロソフトのランゲージ」についての「スペシャリスト」と読めてしまいます。

 IT業界で「ランゲージ」というと、プログラム言語を思い浮かべます(人間のしゃべる言葉をプログラム言語と特に区別したい場合は「自然言語」と呼びます)。そうすると、C#とかLINQの専門家のことかと思ってしまうかもしれません。そこまで思い込まなくても、半角スペースで文章を読むリズムが切れることは確かです。

 日本語は、分かち書きをしないため、読点(、)や中点(・)を使って区切ります。一般的な規則(例えば新聞社)では、複数単語で構成された欧文をカタカナ表記する場合は中点(・)で区切ります。しかし、IT系の文書の場合、それでは画面が・だらけになってしまいます。かといって、詰めて書くと読みにくいというのがマイクロソフトの考えのようです。

 本当にそうでしょうか。確かに、前提となる知識がない状態では、詰めて書くと読みにくいかも知れません。しかし、それは日本語が本来持っている性質であって、カタカナ語だけの問題ではありません。

 たとえば地名です。京都に「烏丸丸太町」という場所があります。烏丸(カラスマ)通りと、丸太町(マルタマチ)通りの交差点です。これを「カラス丸々太る町」と読んだ人がいるとか。ちょっと嘘くさいですが、烏丸も丸太町も知らなければ、あり得ない話ではありません。

 これはどうでしょう。

千本中立売店

 おそらく、京都の人なら「千本(センボン)通りと中立売(ナカダチウリ)通りの交差点にある支店」だと思うでしょう。しかし「千本という紛争地域にあり、中立の立場で運営している売店」と読む人だっているかもしれません。

 元の日本語に制約があるのに、カタカナ語だけをなんとかしようと思っても無駄です。もしかしたら、かえって日本語の美しさを壊してしまうことになりかねません。それほど半角スペースを入れたいのなら、漢字にもスペースを入れて、分かち書きをしてはどうでしょうか。カタカナ語だって立派な日本語です。新しい日本語の表記を提案するのであれば、一貫性を持ったものにしていただきたいと思います。

 それから、もうひとつ重大な問題があります。半角スペース空けというのは、文書を作成するときに極めて高いストレスになります。たとえば、Windowsに精通した人であれば、「コントロールパネル」という言葉は、頭の中では一語となっています。ところが、実際にキーボードから入力する場合は「コントロール[確定][スペース]パネル」と入力する必要があります。多くのIMEでは、スペースキーに変換機能が割り当てられているため、スペースを入力する前に変換文字列を確定しなければなりません。おまけに、漢字入力モードのスペースの既定値は全角スペースです。さすがに全角スペースでは幅が空きすぎます。「コントロールパネル」と入力すると、半角スペースを含んだ「コントロール パネル」と変換してくれるような仕組みが欲しいものです。

 まだまだ変なことはあります。

算用数字に隣接する文字が全角文字の場合は、隣接する文字との間に半角スペースを入れます。

 「1月1日」ではなく「1 月 1 日」と書け、ということです。最近のATOKなどは日付を変換すると、候補として曜日付の表記を提示してくれます。これは便利な機能ですが、スペースを途中に入れると日付とみなしてくれません。かといって、いったん変換してからスペースを入れるのも面倒な話です。しかも、このスペースによって読みやすくなるとも思えません。

数値と単位記号との間には半角スペースを入れて表記してください。ただし、次の表記例にあるように角度の単位記号 "°"、パーセントの単位記号 "%"、および写真や映写関連の単位記号 "mm" の場合はスペースは不要です。

例:

mm (写真関連の単位) ミリメートル、ミリ 35mm スライド
mm ミリメートル、ミリ 6 mm

 %(パーセント記号)にスペースは不要とありますが、‰(パーミル)は駄目なのでしょうか。全角文字ですが単位記号には違いありません。

 「写真関連の単位」というのはおそらくフィルムやレンズの焦点距離の単位だと思うのですが、mmだけを特別扱いする根拠は何なのでしょう。「フィルムの幅が 35 mm なので 35mm フィルムと呼びます」というのでは,不自然ではありませんか?昔はレンズの焦点距離をcmで表記していました。「50mm レンズは、5 cm レンズと呼んでいました」というのも変です。

 また数値と単位記号の間には半角スペースが必要ですが、単位記号の後ろの規定はありません。そうすると「100 Ωの抵抗に 1 A の電流を流す」という具合になります。Ω(オーム)は、全角ギリシャ文字なので、後ろにスペースはありません。しかし、A(アンペア)は半角文字なので、後ろにスペースがあります。

 以上、半角スペースについての混乱について私の感想を書いてみました。ところで、これほど複雑で不自然な規則が実際に守られているのでしょうか。そう思って、マイクロソフトの会社概要を見てみました

事業内容 コンピュータソフトウエアおよび関連製品の営業・マーケティング

 マイクロソフトの表記規則では、「コンピュータ ソフトウェア」となるべきです。やはり、きちんと守るのは難しいのでしょう。

 最後に、他社の例も紹介しておきます。私の勤務先の正式名称は「グローバル ナレッジ ネットワーク株式会社」で、「グローバル」「ナレッジ」「ネットワーク」はそれぞれ半角スペースで区切られます。私の嫌いな分かち書きですが、変更の予定はないようです。ただし、講習会テキストは大激論の末、私の主張が通り、複合語であってもスペースも中点(・)も入れず、詰めて書くという規則が今のところ採用されています。奥付の自社名だけが例外です。

 日経BPは、新聞社系らしく中点で区切るのが主流のようです。ただし、ITproサイトでは、ニュース記事は中点、技術解説は詰めて記述されています。一方、日経BPソフトプレスはマイクロソフト公式解説書を出版している関係で、半角スペースで区切っているようです。みなさんの会社ではいかがでしょうか。

(編集部注:ITpro編集部では原則として,英単語の区切りに「中点(・)」を使用しています。ただし外部寄稿者の方から頂いた原稿をベースにした記事に関しては,寄稿者の採用しているルールに則っている場合があります。また「コントロール パネル」「Windows ファイアウォール」のようなベンダーが作った用語に関しては,記事本文中では「コントロール・パネル」「Windowsファイアウオール」などITproのルールに従って表記し(中点を入れる,「ファイアウォール」ではなく「ファイアウオール」にするなど),操作手順を説明する場合は「[コントロールパネル]を開き,[Windowsファイアウォール]を選択する」と言った具合に,半角スペースを省く以外は画面の表記に則って記述しています。ただしファイアウオールの表記に関しては,編集部によって揺れがあり(日経BP社では日本経済新聞社のルールをベースにした社の統一表記ルールに加えて,編集部単位の表記ルールも存在します),さまざまな編集部の記者が記事を書いているITproとして統一されておりません。ファイアとウオールの間に中点(・)が入らないのは,英語での表記が「Firewall」であるためです。なおITpro編集部では読点に「,」を使用しておりますが,今回はテーマがテーマなので,横山氏から頂いた原稿の通りに読点を使用しております。以上は担当編集者中田敦の見解です。)