4月18日,会社帰りに高田馬場の書店に立ち寄ると,予定どおり新著「間違いだらけのネットワーク作り」が店頭に平積みされていた。本を出版してもらうのはこれで6冊目だが,何度経験しても新しい本が出るのは嬉しいものだ。

5月14日「間違いだらけのネットワーク作り」出版記念パーティに参加した面々(明治記念館鶴亀の間)
写真1●5月14日「間違いだらけのネットワーク作り」出版記念パーティに参加した面々(明治記念館鶴亀の間)
[画像のクリックで拡大表示]
 まず,表紙が眼に飛び込む。前著「ネットワークエンジニアの心得帳」では筆が描かれていたが,今回はエンピツになっている。IT関係の本にありがちなピカピカと光沢のある紙じゃなく,落ち着いた色合いのシンプルなデザインが気に入った。手に取ってみると,いかにも紙らしいわずかなザラつき感があって手触りが良い。重さや厚さも手になじむ。中身で使われている紙はこれまでの本は純白だったが,今回はうすいクリーム色で眼に優しい。まるで自分の子供が生まれたように,新しい本というのはかわいらしく感じられる。

 それから5日後,早くもこの本を読んでくれた方から感想を書いたメールが届いた。この方は情報部門の技術士で,長く化学メーカーで情報システム部長をされていた。

 “(前略)大変スケールが大きく深く,エネルギッシュで,長期間にわたり続けられて来られたこと,感服致しました。読みながら,いろいろのことが走馬灯のように浮かんできました。いろいろありますが,例えば「日本全国が真っ赤」は,そのタイトルを見た瞬間に想像がつきました。化学プラントでも同じようなことが起こります。プラントは,止める時より起動させるときの方が難しい。それは丁寧に一つ一つ確認しながらやっていくことで,手抜きは危険だからです。(中略)書かれていることは,「非」常識ではなく,「超常識」ですね。私はこの「超常識」という言葉が大好きで,新しいシステムを作る時に,この「超常識」のアイデアが浮かぶ迄,それまでの常識やSIerさんが提案する定石を追究したり,試行錯誤の経験をしました。この本は多くの人の共感を呼び,更に多くの「松田」ファンを産むことと思います”。

 この方ご自身が筆者のファンのようなので,ちょっと褒めすぎの感はあるが,本気でこう思ってくれる方が一人でもいることが大変嬉しい。

 さて,今回はプロジェクト管理について述べたい。進捗率の管理は大切なことなのだが,進捗率では本当のプロジェクト管理は出来ない,という「超常識」的な話をしたい。

進捗率で分かるのは「問題が起こった」こと

 進捗率管理でよく使うのが線表だ。 以前このコラムで「あなたはまともな線表を引けますか」というのを書いたところ,「線表」はNTTグループ独自の用語ではないか,というコメントをいただいた。たしかに,調べてみるとそうだった。世間一般には「ガントチャート」とか,略して「ガンチャ」と呼ぶことが多いようだ。これまでお客様との会話でも「線表」で通じていたので,てっきり一般用語かと思っていた。お恥ずかしいかぎりだ。これからはガントチャートと書くことにする。

 このガントチャートを使った進捗管理のツールとして一番ポピュラーなのはMS Projectだろう。プロジェクト・リーダーはうんざりするほどの数のガントチャートを日々,更新しながら進捗管理している。進捗率が計画どおりでないと,一目で分かるように表示される。

 進捗率で本当のプロジェクト管理が出来ないのは,それが「過去」を表すものだからだ。進捗率が計画を下回ったことで分かるのは進捗を遅らせる「問題が発生した」という事実だ。言い換えると進捗率管理は「問題の発生を知る」ためのもの,ということになる。

 プロジェクト管理の本当の目的は問題の発生を知ることではない。問題が発生しないように予防するのが本当のプロジェクト管理だ。

行く手にある岩を発見し粉砕する

 残念ながらMS Projectに問題の発生を予防する機能はない。ではどうすれば問題は予防できるのだろうか? プロジェクトにはネットワークやシステムの完成という目的地に着くまでのルートマップがある。どこにあるのか? プロジェクト・マネージャーやプロジェクト・リーダー,各パートを担当するメンバーの頭の中になければならない。

 問題の発生を予防するには過去を表す進捗率ではなく,ルートマップで3カ月先,半年先を見なければならない。そして,この先のルート上に問題を引き起こす障害物=「岩」がないか,見渡さなければならない。ここでいう岩は,リスクと言ってもいい。

 例えば,ネットワーク構築において岩になりがちなのが「回線開通」だ。まったく技術的ではない,泥くさい原因で岩になる。ネットワークをスケジュールどおりに構築するには必要な期日に光ファイバを開通させねばならない。ところが通信事業者にオーダーを出すと,平気で「3カ月かかります」などと言う。とりわけ面倒なのは1本の回線がNTTの光ファイバとNTT以外の通信事業者のファイバで構成される場合だ。業界では「相互接続」という。

 3カ月かかると言われた瞬間にそれはガントチャートには表示されない岩になり,ぶつかる前に粉砕しないととんでもないことになる。通信事業者を相手に粘り強く,かつスピーディな調整をごりごりと進めて,3カ月を1カ月とか1カ月半に短縮するのだ。

 あらゆることがスピードアップされた現代において何故,回線だけは「月」単位の話しか出来ないのか不思議でしょうがない。日の単位でとは言わないが,せめて週単位で話ができるようにしてほしい。NGNなら出来るだろうか?

 回線は簡単に見える岩なのだが,いろいろな情報をとらえて想像力を働かせないと見えない岩もある。それはプロジェクトとその外部の境界にありがちだ。プロジェクトで担当する範囲の周りにはお客様やプロジェクト外のベンダーにやってもらわねばならないことが必ずある。プロジェクト内部に問題がなくても,外部にやってもらうべきことを依頼するのを忘れていたり,依頼していてもインタフェースに間違いがあったり,相手の仕事の品質やスケジュールに問題があると大きな岩になりがちだ。つい先日稼動した東京三菱UFJ銀行の統合システムでも,トラブルは銀行内部の業務ではなくATM提携先との間で起こった。

 プロジェクトの内外にかかわらず,岩を見つけるために重要なのはキーマンが集まってレビューをすることだ。週次,月次の定例会などで,この先数カ月を見て岩がないかをディスカッションするのだ。 

 とりわけ重要なのは「移行判定」と呼んでいる,カットオーバー直前のレビューだ。試験結果等を確認し,予定どおりカットオーバーできる仕様・品質・性能を満たしているか,チェックするのが移行判定だ。この移行判定はかくれた岩を発見する最後のチャンスだ。なので,万一岩が見つかってもカットオーバーまでにそれを粉砕するか,回避できるだけの時間的余裕のあるタイミングでやらないと意味がない。経験的にネットワーク構築ではカットオーバーの2週間前が最低ラインだ。

基本や原理原則は守る

 新著「間違いだらけのネットワーク作り」には情報化研究会で長年お付き合いいただいている方からも感想をいただいた。 

 “「間違いだらけのネットワーク作り」,連休中から読み始め,今日(筆者注:5月8日)読み終わりました。ポジティブ・シンキング+松田節で書かれていて,元気がでる良い本ですね。ありがとうございました。本を読んでいて,二つ思ったことがあります。

 一つ目は,松田さんは良く考えておられるなということです。ものを書く時は調べるし,考えますよね。自分の仕事を進める上で極めてコストパフォーマンスが良いプロセスを確立されていることに感心しました。また,新しいことをどんどん始められてますが,意外と基本や原理原則は守っておられるのですね。それはお客様の視点だったり,ネットワーク更改の目的だったりする訳ですが,なるほどねと思いました。

 二つ目は,企業ネットワークもウェブやアプリケーションなしには考えられない時代になったなということです。その他編のところを読んでいてそう思いました。コミュニケーションをどうするかということを考えネットワークを設計・開発する時代なのかもしれません(後略)”。

 連休中の時間を割いて読んでいただいた上に,筆者が単なる冒険家ではなく原理原則を守って確実な仕事をする人間だと認めていただいたようで,とても嬉しい。Googleで私の名前を検索すると,この本についての感想を書いたブログがいくつか見つかる。その一つ,「ぐるぐる」さんの感想。

 “本業にかかわる本なので大変刺激を受けた。いくつかヒントをもらったので早速実践で試してみたい。(中略)仕事×知的好奇心をわくわくさせてくれる一冊。すぐに過去著もアマゾンで購入した”。

 嬉しかったのでブログにお礼のコメントを書き込んだ。若い人が共感してくれるのは著者冥利に尽きる。

間違いだらけのネットワーク作り   筆者の松田次博氏の単行本「間違いだらけのネットワーク作り」(日経BP社)が好評販売中です。本コラムの連載を集め,プロジェクト管理,営業,設計の考え方やノウハウをエピソードを通じて分かりやすく説いています。