加藤 昌樹
株式会社トップゲート 代表取締役

 「別にITアーキテクトって言わなくても,技術リーダーとか,共通チーム担当とか,今までもそう言ってきたんだし,それでもいいんじゃない?」――

 私は仕事がら「ITアーキテクトって何?」「具体的にどんなことをするの?」とか,「ITアーキテクトって本当に必要なの?」といった場面に出くわすことが非常に多い。そのたびにITアーキテクトというのは,このような立場であり,このような仕事をこなす役割のことであり,システムを成功させるには必要となる職種だと,熱心に話し始める。

 すると,以前から共通チームや基盤チームという形で何かしら技術中心的な役割の組織やチームを配置している企業の方から,冒頭のような質問を受ける。

 ITアーキテクトという職種を名乗り始めたころは,「いや,違うんだ」と心の中で反論をしていてもうまくそれを表現できなかった。「確かにそうですね」としか言えず,悔しい思いをしていたことを覚えている。

 しかし今は声を大にしてはっきりと言える。「ITアーキテクトという立場,言葉,役割は必要だ」。そこには確かに何かが存在する。

 それをお伝えするために以下のストーリーを読んでほしい。フィクションではあるが実話に基づいている。田中君(仮名)が,大手SI企業A社に転職しようとする話である。中途採用のための,A社での面接の場面からスタートする。

中途面接と配属先

田中君:「共通基盤チームに配属されていました」

 田中君は4年前に大学を卒業し,独立系のシステム開発会社に入社。その会社で開発標準やフレームワーク,共通ライブラリなどを提供する共通基盤チームに配属されていた。より大規模なシステム開発に携わりたいという思いで転職を決意し,以前から憧れていたA社の中途採用に応募した。田中君はJ2EE関連のフレームワークやデザイン・パターンに精通しており,様々な開発方法論にも興味があった。

面接官:「ほぅ,共通基盤チーム?それでは技術力には自信があるんだね?すると,ネットワークやセキュリティ面などには詳しいのかな?」

田中君:「はい,システムのセキュリティ面での対策に関しては一任されていました。」

面接官:「なるほど」

 面接は1時間ほど続いた。そのやり取りに漠然とした不安感を抱いたが,面接官の印象は良かったようだ。ほどなくしてA社より内定通知が届き,田中君はA社で働けることに喜んだ。

 そして入社当日,田中君は緊張した面持ちでA社に出勤した。同日に入社する中途採用者も数人おり,各自に辞令が渡された。田中君の配属先は「第一システム基盤グループ」という部署だった。

 ちょうどA社では大規模な流通系基幹システムのリプレース案件を受注し,現在要件定義フェーズから基本設計フェーズに移行するタイミングだった。田中君は配属先の部署に案内され,プロジェクト・マネージャから,開発中のシステムの概要やチーム構成などの説明を受けた。田中君はプロジェクト内の「共通基盤チーム」に加わることになった。

田中君:「よし,これで大規模システムの共通基盤の構築に携われる」

こんなハズでは・・・

 翌日,田中君は同じく中途入社のYさんとともに共通基盤チームのリーダーと打ち合わせをしていた。

リーダー:「田中君,君は以前共通基盤チームにいたんだよね。早速だけど君には今回利用するOSやミドルウエアのセットアップ作業全般を担当してもらいたいんだ。Yさんもデータセンターでミドルウエアなどのセットアップをやっていたので一緒に頑張ってもらえるかな」

田中君:「ミドルウエアのセットアップ?データセンターの担当者?」

 田中君の不安感はここで一気に膨らんだ。同じ共通基盤チームに配属されたYさんはデータセンターに勤務していたという。自分の経験してきた内容やキャリアパスとは全く異なる。もしかして,大きな勘違いがあるのでは無いかと,やっと気づき初めていた。

 共通基盤チームのリーダーに思い切って疑問をぶつけてみた。

田中君:「フレームワークとか共通ライブラリの定義や開発標準の策定などは,どなたが担当するのでしょうか?」

リーダー:「え?そんなものはSEチームがやるに決まっているじゃないか」

 田中君の不安は現実のものとなった。色々と聞いてみると,以下の2点が田中君の認識と異なっていた。

  1. 共通基盤チームとは,サーバーなどのハードからデータセンターなどネットワークといったシステムの基盤となるインフラ周り全般を担当する。OSやミドルウエアなどの基本的なソフトウエアのセットアップも行う

  2. 開発標準など共通的な規約の取り決めなどは行っているが,それを担当するのは専門の部隊ではなく,業務系SEが行っている

 大きな認識のズレだった。

 今まで田中君が所属していたシステム開発会社では,共通基盤チームと言えばフレームワークの提供や開発規約を定義する役割を担っていた。田中君自身もそうした仕事にやり甲斐も感じており,今後のキャリアプランとして,より大規模なシステム開発での開発方法論の策定や全体のアーキテクチャ設計に携わりたかった。まさか同じ共通基盤チームという名称でここまで役割が違うとは・・・

 翌日,田中君はプロジェクト・マネージャに掛け合い,事情を説明して担当チームの変更を申し出た。共通基盤チームではなく業務開発チームに加わり,開発標準などの仕事をさせてもらえることになった。

 田中君のストーリーはここで終わる。この話は少し極端であり,あまりにもお粗末かもしれない。「共通基盤=インフラ」と思いこんでしまった面接官,業務内容をきちんと確認しなかった田中君,その両方に非があるだろう。