売上,利益ともに大きく落としたサイボウズは,生き残りをかけたチャレンジを開始しました。新しい収益源を獲得しなければ生きていけない。ソフト屋ですから,素直に「受託開発」をする選択肢もありました。しかし,当時の私たちは,やはりパッケージ・ソフトで勝負したいとの思いが強く,新たに3つのチャレンジをすることにしました。「新製品の投入」,「海外展開」,そして「エンタープライズ市場への進出」です。

 この中で,一番期待していたのが「エンタープライズ市場への進出」です。新製品を投入しても,グループウエアほどのリターンは期待できないだろう。海外展開は,リスクが高く,成功確率が低い。それらと比較すると,中小企業の間で高まってきたサイボウズの知名度と実績を生かし,一気に大企業へ攻め込めるのではないか。そう考えました。

 IT業界では,企業規模で市場を分けて考えます。中堅・中小企業を「SMB市場」,大企業を「エンタープライズ市場」と呼びます。そして,ITベンダーは,たいていどちらかが得意で,どちらかが不得意です。SAPさんだとエンタープライズ市場,弥生さんだとSMB市場。NTTデータさんだとエンタープライズ市場,大塚商会さんだとSMB市場。どうしてそのように住み分けるのか?

 それは,顧客ニーズが大きく異なるからだと思います。エンタープライズ市場においては,顧客は自社のビジネスモデルに適合するシステムを求めます。ベンダーには,その高度なニーズに応えるソリューション力が必要です。ひとつの複雑な案件に対し,じっくりと腰を据えて取り組み,確実に収益を上げる仕組みが必要です。それに対し,SMB市場では,ひとつ一つの案件の規模が小さいため,低価格でも利益が出るビジネスモデルを作らなければなりません。いかに効率よく営業し,手離れよく導入していただき,そしてランニング型のビジネスにシフトしていくか。その仕組み作りが重要になります。この2つは,まったく違うビジネスモデルであるため,同じ企業で取り組むには,企業文化,つまり従業員の価値観まで変革するつもりでやる必要があると思います。

SMBとエンタープライズ,事業部を分けてみたが…

 サイボウズは,そのことについて明らかにノウハウ不足でした。それまでは,手離れのよいSMB市場向けの「サイボウズ Office」を中心にビジネスをしていました。広告を大量に投入することで知名度を上げ,ホームページからソフトウエアをダウンロードしてもらい,手離れよく販売していました。そこに,エンタープライズ市場向けの「サイボウズ ガルーン」を開発して,発売開始しました。広告はあまり出さず,販売パートナーさんへの営業が販促活動の中心です。直接販売はまったくやりません。SMB市場向けの事業とビジネスモデルが大きく違うこともあり,事業部を分けることにしました。そうすることで,スピーディに意思決定を行い,スムーズに事業を立ち上げられると思いました。

 しかし,これがうまく機能しませんでした。また,「人」の問題が起こったのです。事業部を分けることで,事業部間で軋轢(あつれき)が生まれました。「こっちの客を向こうに取られた」「あっちのやり方は非効率だ」「あっちの機能と互換性がなくもいいから,とにかく作ろう」。この小さなサイボウズが,事業部という小さな組織によって,さらに細かく分断されました。

 事業部は独立採算でしたから,ボーナスにも大きな差が出ました。既に立ち上がっているSMB市場向け事業部では,前年よりも利益が減っているのにボーナスが出ました。エンタープライズ向け事業部では,初年度から数億円の売り上げを達成しても,赤字が出ているので全員ボーナスはゼロでした。納得のいかない報酬制度にメンバーは疲弊し,心が折れて退社する人も出ました。

 企業というものは,周囲の変化に合わせて変わっていかなければ存続できません。しかし,変革すればよいというものでもありません。全社が一丸となった上で,既存事業に取り組む人と,新事業に取り組む人が役割分担してお互いを尊重する。そうしないと,事業間でシナジーを出すことはできないし,足を引っ張り合うことにだってなりかねないのです。それを痛感する出来事でした。