3月18日,明治記念館で講演を行った。ここでの講演は2005年以来,連続4年になる。落ち着きのある低層の建物と広々した芝生の庭が好きで,いつも楽しみにしている。

 講演テーマは「NGN/ワイヤレス・ブロードバンドで進化する企業ネットワークの新展開」で,ワイヤレス・ブロードバンドとNGNが中心だった。しかし,サブテーマの中で「激減する電話をどう扱うか」について話した。

 今回は久しぶりにIP電話について述べたいと思う。言いたいことは単純で,電話はメールによって駆逐され使われなくなっているので,「通話料削減」とか「電話の取次ぎ,話中の削減による時間の節約」などというIP電話やユニファイド・コミュニケーションの導入目的はほとんど成立しなくなった,ということだ。

この10年で通信の最大の変化はメールが電話を駆逐したこと

 ネットワークの世界はこの数年,私たちの想像より現実の変化の方が大きく,統計やアンケート調査結果を見て驚かされることが多い。例えばケータイで電話をするのは,2001年時点で端末当たり平均1日4分弱,それが2005年では3分程度にまで減ったという統計がある。一方でケータイをインターネットに接続している時間が1日当たり1時間を超える人が31%もいて,メールを使う時間よりWeb検索する時間の方が倍近く長い,というアンケート結果がある。ケータイは電話機ではなく,すっかりパソコン代わりになったのだ。

 同様に「ビジネスで電話を使わなくなったなあ」という実感はあるのだが,統計を見るとその激減ぶりに驚く。図は情報通信白書平成18年度版,19年度版をもとに作成したNTT東西の事業所用電話のトラフィック推移だ。19年度版白書には2005年までの統計しかない。2006年,2007年の数値は筆者が「NTT東西の交換機を経由する主要な通信量の推移について」からトラフィックの減少率を算出して推定した。

図●事業者用固定電話の通話時間
図●事業者用固定電話の通話時間
引用元:総務省「情報通信白書」平成18年版,平成19年版。2006,2007年度はNTT資料より推定
(注)事務用加入電話+事務用INSのトラフィックを基にしており,これらからひかり電話(IP電話)に移行したトラフィックは考慮していない。2006年度末時点で加入電話+INS加入数が約5700万チャネルに対し,ひかり電話加入数は約300万チャネルと、ひかり電話の比率が相対的に低いため。

 年間のビジネス通話は2001年の9億6000万時間から,2007年の2億7000万時間へと6年間で70%以上減少している。2003年は「東ガス・ショック」から始まったIP電話ブームの年だった。この年,ビジネス通話は6.5億時間。4年後の昨年は2.7億時間なので,IP電話も何もしなかった企業でも通話料は6割近く削減されたことになる。

 このことから言えることは,「通話料削減を目的としてIP電話を導入した企業は,採算を見直すべきだ」ということだ。「いや,うちはIP電話を通話料削減のために導入したのではない。電話の取次ぎや話中による時間のムダを省き,生産性を向上させるためにプレゼンスやフリーアドレスを実現したかったのだ」という方もいるかもしれない。しかし,電話が使われなくなれば,比例して取次ぎも話中も大幅に減るので同じことなのだ。オフィスの生産性は電話を使わないことで向上した,ということだ。

 タイトルに示した「メールが電話より3倍エライ理由」とは,2001年に9億6000万時間だったビジネス通話が2007年に2億7000万時間まで減ったのは,その差6億9000万時間分の電話業務をメールが代替したと考えられるからだ。メールが6億9000万時間分の電話の価値があるとすれば,残っている電話の2億7000万時間の2.6倍の価値があることになる。2001年以前からメールは広く使われているので,それを考慮するとメールが電話を代替した時間はもっと多く,その価値は電話の3倍を超えるだろう。

 ちなみに,筆者が手がけた東京ガスをはじめとするIP電話は通話料の削減や取次ぎ時間の削減が目的ではない。設備コストの削減が目的だ。PBXや電話機の費用があまりに高いので,PBXもIP電話サーバーもいらない安価なIPセントレックス・サービスを開発し,IP電話機も1万円/台という当時としては破格に安価なものを開発した。設備コストの削減は通話が減っても有効なので,電話の利用がいかに減ろうが採算は取れている。これに対し,通話料や取次ぎ時間の削減がもたらす経済効果を数値化してIP電話を導入したのなら,当初の計画どおりに採算が取れているか見直すべきだ。また,これからIP電話やユニファイド・コミュニケーションの導入を検討する企業も,激減した現在の通話時間とこれからの減少を考慮し,本当に採算が取れるかを検討すべきだろう。

残っている電話は「重要な電話」

 では,激減した電話を企業はどう扱うべきだろうか。「電話は激減したが,今残っている電話は緊急を要する用件やメールではすませない重要なものだ。量は少なくても,大切に扱わねばならない。その実現手段はコストが最少であれば,IP電話だろうが,レガシーな電話だろうが関係ない」というのが筆者のポリシーだ。

 実現手段はいろいろあり,これが唯一の正解,というのはない。ここでは悪い例といい例,二つの典型的な事例を紹介したい。

 ある企業の本社では社員全員に社用ケータイを持たせ,名刺には090,080で始まるケータイの電話番号しか印刷していない。つまり「電話はケータイ。固定電話は使わない」と割り切ってしまったのだ。これはこれで,すっきりしたポリシーだ。電話はお客様や取引先から,個人のケータイにかけてもらう。高価なIP-PBXの代表電話にかけてもらって,これも高価な無線LANにつながったデュアルモード携帯端末に着信させる,などというお金のかかることはしないのだ。社員同士の内線は同じケータイ会社なので通話は無料。お客様にかけるときは有料だが,電話をかけること自体が激減しているのだから気にしなくていい。 

 だが,この方法には欠点がある。実は筆者もこの企業と取引があるので,急用の時に電話をかけることがある。ところがこの会社の担当者はいつも留守電になっているのだ。これはとてもフラストレーションがたまる。こっちは急いでいるのだ。留守電に伝言など残す気にならず,ブチッと切ってしまう。この会社の顧客はいつも筆者と同じ経験をしているに違いない。customer satisfactionは最悪だ。

 もう一つの事例も,本社の社員全員にケータイを持たせている点は同じだ。しかし,この企業では自分がケータイに出られないときは留守電ではなく,グループ代表の固定電話に転送するようにしている。こうすると急用でかけて来た顧客に対して,必ず誰かが電話に出て急な用件であることを理解し,本人に連絡を取ったり,必要なら上司にエスカレーションすることが出来る。かけて来た顧客はフラストレーションをためることなく,安心できる。重要な電話を大切に扱うとは,このような扱い方を言うのだ。

 ちなみに,この会社の固定電話(PBX)はIP電話ではない。ごく最近,古くなったPBXをIPではないPBXに更改した。単純な転送や通話が出来ればいいので高価なIP電話を使う必要がないからだ。社員がケータイを持っているので固定電話機の数は少なく,PBXは小型になった。

 この事例がベストだからあなたの会社も見習いなさい,という気はない。ただし,賢い事例の一つには違いない。筆者にはとても参考になった。

コミュニケーションの主役,メールのこれから

 電話はすっかり脇役になり,ビジネスにおけるコミュニケーションの主役はメールになった。今や企業では電話が使えないよりも,メールが使えないことの方が重大なトラブルになっている。筆者が今,注力しているのは積水化学さんと一緒に取り組んでいるオープンソースソフトウエア(OSS)をベースにしたメールとグループウエアを,SaaS的に提供することだ。名前はCC(コンバインド・コミュニケーションの略)という。この仕事を本格的に始めて半年あまりだが,有名なグループウエアからCCに移行するお客様も現れた。

 この仕事をやって分かったのは,メール文化も企業によって様々に違うということだ。金融関係の企業では情報漏えいを防ぐため,外部とのメールが使えず,社内の人としかメールをやり取り出来ない人がかなりいる。いわば「内線メール」だ。別の企業は,外部とのメールは許しているが,添付ファイルは一部の人にしか許可していない。

 SPAM対策もメールの可用性を保つ上で重要な課題になった。ある企業では対策が遅れていて,ケータイでメールをチェックするとSPAMばかりで閉口するとのこと。近々に対策をするそうだ。「SPAM対策をするとメールの受信数が激減して淋しくなりますよ」と言っておいた。これからのメールの課題は,利便性・可用性・セキュリティの三つをいかに鼎立(ていりつ)させるかだ。

京都の春がまた来る

 毎年この時期になると,「京都の春がまた来る」という見出しを書いている。恒例の情報化研究会・京都研究会を4月5日,京都リサーチパークで開催する。今年で連続9年目になる。講師は昨年と同じで,筆者と英BT CTOオフィス バイスプレジデントのヨン・キムさんだ。前回はイー・モバイルのカードを使っている人がいて,筆者がワイヤレス・ルータを開発するきっかけを作ってくれた。今年はどんな刺激があるのだろうか,と楽しみにしている。

◆お知らせ◆
筆者の松田次博氏の単行本が4月に発行予定です。本コラムの連載を集め,プロジェクト管理,営業,設計の考え方やノウハウをエピソードを通じて分かりやすく説いた「間違いだらけのネットワーク作り」(日経BP社)です。Amazon.co.jpで予約申し込みを受付中です。