IT関連の取引を対象にした「中小企業向けモデル契約書」なるものを読んだ。この手の文書は、読もうと思うだけで爆睡してしまうほど退屈なものだが、中小企業だけでなく中堅企業や大企業との取引も対象となり得ると知り、読み込んでみた。で、結果は驚愕。ITにおけるベンダーとユーザー企業のいびつな関係を、もろに見せつけられた感じだ。

 この文書は正確には案。経産省が3月13日までパブリックコメントを受け付け、その内容を反映した正式版は3月末に出るらしい。面白いと思ったのは、想定ユーザーの定義を「ITなどの専門知識がないために、ベンダーと対等な交渉力を持たない」としているところ。そうすると、ほとんどのIT取引が当てはまるじゃないの。中小企業はもちろん、相当の大手でもシステム部門が瓦解した企業が対象になる。

 で、読んでみると、まるで消費者保護ガイドラインや金融商品取引法の個人投資家保護規定なんかを読んでいるような錯覚にとらわれる。ベンダーにITや契約内容に関する説明責任を求めるのは当然なのだけど、契約書に添付した重要事項説明書をユーザー企業が理解できたか書面で確認しなさい、なんてことが書いてある。

 とにかく全編にわたって、対等な交渉力のないユーザー企業を“保護”するために、どんな契約であるべきかというトーンで貫かれている。それってどうよ、である。「おいおい、企業は消費者ではないよ」とツッコミを入れたくなる。例えば、あれほど個人投資家保護を重視した金商法でも、なんの専門知識も持たずに仕組債なんかを平気で買う中小金融機関を保護しろとは言っていない。なのに、商品がITだと何故こうなるの。

 もちろん、これは法律の話でなく契約の話。だから、ユーザー企業に向かって、「こんな交渉をやって、あんな契約書を作れ」と指南する意図なら、それはそれで意味があるかもしれない。しかし、ITの専門知識を持たないユーザー企業が、このモデル契約書を読むことを想定できない。なんせ、「機能要件・非機能要件」なんて用語が平気で出てくるので、ITの専門知識なしで読みこなすのは不可能だからだ。

 そうすると、このモデル契約書の採用を働きかける対象はベンダーということになる。つまり、何も分からない弱い立場のユーザー企業を保護すべく、ベンダーはこんな契約をしなさいという話だ。しかも、ベンダーの“善意”だけに依拠するのは実効性がないと判断したからか、モデル契約書の“精神”を理解して取引を進める「IT取引士」なる資格制度を作ろうという動きまであるそうだ。

 うーん、なんか変だ。考えてみれば、「ベンダーと対等な交渉力を持たないユーザー」と言うのは、すごい上から目線。普通、中小企業であっても、企業活動に必要なものを購入する際に、何も分からないで買うなんてことはあり得ない。収益を向上させるために買うのだ。経営者や担当者はその商材に対してズブの素人であっても、それこそ一所懸命に勉強し、有利な条件を引き出すために必死で交渉する。それでこそ企業間の取引だ。

 なのにITだと、何故そうならないのか。考えられるユーザー企業側の理由は2つで、そもそもITなど要らないか、甘えているかである。経営や事業に資するためにITを導入しようとしているなら、専門知識がないからと言って、ベンダーと対等な交渉力を持たないなんていうのはあり得ない話だ。重要事項について、理解できるまでベンダーに説明を求めるのも当たり前のことである。

 ITなんぞは所詮、仕事のツールに過ぎないのだから、必要がなければITを導入する必要はない。ところが、一昔前までユーザー企業、特に多くの中小企業はITを魔法のツールと思い込み、難しいものと決めてかかっていた。だから、あなた任せ。ベンダーもそれに乗っかり、使えないシステムを売り込んだりしたものだから、ITに対する抜き難い不信感を醸成することになった。このモデル契約書を読むと、そんなユーザー企業とベンダーのいびつな関係の残滓が見えてくるような気がする。

 では、このモデル契約書が何の役にも立たないかというと、そうは思わない。ベンダーで真のソリューション営業を志す若手営業が読めば、提案や取引、契約の際にやるべきことが見えて、とても参考になると思う。もし、ITの専門知識のないユーザー企業の経営者や担当者が読んで勉強したとすれば、ベンダーと対等な交渉力を持たない存在からの脱却を図れるだろう。ただ、読もうとして爆睡しない保証まではできないが。