英語は,慎重かつ厳密に言葉を選ぶことで,日本語ほど形容詞や副詞を使わずにすむことがよくあります。日本語では修飾語を補足しないと表しきれないようなニュアンスを,一つの単語の中に内蔵しているのが英語です。今回は,プレゼン資料を英訳する際に活用したい英語的発想について紹介します。

 次のスライドを見て下さい。「情報セキュリティリスクの拡大と対策」についてのプレゼン資料です。情報セキュリティリスクの様々な側面が指摘され,各々のリスクに対する対策をこれから論じていくと予想されます。このスライドの英語表現を考えてみましょう。

 最初の項目として「ユビキタス社会の進展 eコマースなどでの各種犯罪の拡がり」とあります。どうやらここは,消費者のセキュリティ管理のことを言っているようです。

 ユビキタス社会になればEC(電子商取引)が至る所で発生するという論理と,ECが犯罪のネタに使われ得るという論理を展開しており,それぞれ個別には理解できます。

 ただし,この2つの主張は性格が異なります。ユビキタス化に伴うセキュリティの脆弱性に対しては,認証とかFW(ファイヤーウォール)などが対策となるでしょうし,ECに伴う危険性は決済に係わる部分(クレジットカード番号や暗証番号が漏えいしないようにするなど)の対策が必要となるでしょう。

 論点やストーリーが明確になっていないと,ポイントが曖昧になりプレゼンが迷走してしまう可能性があります。しかもストーリーにしっかりとした軸がないと,的確な英訳をすることはできません。

 2つ目の項目は,「企業の情報セキュリティの拡大 いたちごっこのセキュリティ対策」はどうでしょうか。ここでは,企業内のセキュリティ管理のことを言っているようです。

 情報漏えいの半分以上が内部犯行と言われています。“いたちごっこ”と言っているのは,企業内情報を保護するためにセキュリティ対策を強化しても,すぐにハッカーが新しい手を考案してくる,ということを指しているようです。

 3つ目の項目は,「SOA利用の進展に伴うリスクの拡大 企業間連携,SaaS・ASPでのセキュリティリスク」です。ここでは,サービスプロバイダとしてのセキュリティ管理のことを言っているようです。SOAを指向した開発が進めば,企業間連携やASPサービスの利用が増え,それがセキュリティリスクにつながると主張しています。

 このスライドの結論としては,「消費者を守る情報セキュリティ,企業内の情報セキュリティ,サービスプロバイダの情報セキュリティの3つが必要」ということのようです。しかし,「サービスプロバイダの情報セキュリティ」とは何を指しているのでしょうか?“Of Service Provider”“For Service Provider”“By Service Provider”のどれになるのでしょう?内容がわからないと英訳することすらできないのです。

 この1枚の内容を展開すれば,それだけで10枚のスライドが作れてしまうほど,内容は盛りだくさんだと思います。もし,この話題はこのスライドだけでおしまい,対策も紹介されないというのであれば,聴衆はかなり消化不良という印象を持つことでしょう。こういう中途半端なスライドができてしまうのは,ストーリーを詰め切れていないからではないでしょうか。