マイクロソフトがWindows VistaやOffice 2007などの技術情報を無償公開したそうだ。直接的には、EU独禁法違反を巡る激しいバトルの末に出した「欧州委員会の是正命令に従う」との声明に基づく措置だが、どうも別の“匂い”がする。マイクロソフトの深謀遠慮、というか“帝国崩壊”への強い危機感が感じ取れてしまう。

 公開された技術情報はマイクロソフトの製品のAPIやプロトコル。従来はマイクロソフト社内と、秘密保持契約を結んだパートナーだけが利用できた内容を原則無償で一般公開した。まあ、これで多くのITベンダーがマイクロソフト製品と連携するソフトを開発しやすくなるわけで、まずはめでたし、めでたし・・・そう言ってしまえば話はそれで終わりだ。

 ただITベンダーにとって、こうした技術情報のありがたみが薄らぎつつある。10年前だったら、ものすごく貴重な情報だっただろう。5年前でも素敵な情報だ。ただ、状況が大きく変わった。言うまでもない話かもしれないが、Web2.0だの、SaaSだの、といった具合に、アプリケーションやデータはネット側に置き、そのリソースを活用するのが、ITの普通の姿になりつつある。

 特にコンシューマ分野では、これはもはや常識。私なんかもプライベートでは、ブログを書き、マッシュアップし、Webメールや掲示板を使う。データもネット上のストレージ・サービスを使う。考えてみたら、Windows上で使うアプリケーションといったらWebブラウザぐらいのものだ。魅力的なアプリケーションやサービスはすべてネット上で手に入る。

 では、企業ユースではどうか。クライアント/サーバー・システムなどレガシー・システムが残り、Excelのマクロ資産も山のようにある。だからWindows環境を使い続けてきたわけだが、これから先もこの状況が続くのだろうか。SaaSはもとより、シンクライアント、仮想化、Ajaxなどのリッチクライアント、そしてクラウド・コンピューティング。これらのキーワードは明確なパラダイムシフトを暗示する。

 しかも、コンシューマ分野で起こったことは必ず企業分野に波及するというのは、最近のITの進化の鉄則だ。2~3年では何とも言えないが、10年のスパンで見れば、企業のシステムについても、アプリケーションもデータもネットワーク側(なんならクラウド側と言い換えてもいい)に置くのが当たり前になるだろう。そしてクライアントはPCである必要はなく、スマートフォンでも、それこそアンドロイド端末でも、何でもよくなるはずだ。

 さて、そんな未来が見える中で、マイクロソフトが技術情報をITベンダーに広く公開したわけだ。想像するに、今のマイクロソフトは、この技術情報を活用した競合他社の素晴らしいアプリケーションを切望しているはずだ。Officeなどと連携するアプリケーションが増えれば増えるほど、OfficeやWindowsの“レガシー価値”が増す。それはちょうど、ユーザー企業のExcelマクロ資産と同じ理屈だ。

 マイクロソフト自身も随分前から、現在進行形のパラダイムシフトに気付いている。だから、その戦略が正しいかどうかは別にして、ネット事業に血眼になり、ヤフーの買収に全力を傾けている。マイクロソフトとしては、できるだけ時間を稼ぎ、自社に有利な状況に持ち込みたいはずだ。そのためには、これまで激しく対立した競合他社とも手を組む必要性が出てきたわけだ。

 さて、それを踏まえた上で、ITベンダーはどのような手を打つべきだろうか。短期的視点で見れば、公開された技術情報を基に従来のビジネスに励むのが正解だろうが、長期的にはどうか。Windowsの大地に居続けるのか、それとも雲(クラウド)の上に登るのか・・・。