中国の有害物質入りギョーザ事件が,日本中を揺るがしている。中国当局も含めて,いろいろな憶測が流れている。憶測はあくまでも憶測の域を出ないが,真相がいずれは暴かれ,それに対する責任追及や対策の手が打たれるだろう。

 ここではマスコミや巷間で余り話題になっていないが憂慮されることを,ITもからめていくつか指摘しておきたい。この事件に関わる企業や当局のリスクマネジメントに対する,いくつかの疑問である。いや,リスクマネジメントというほど高度でなく,経営・行政の初歩的テーマである。

関係機関の判断,連携,対応はどうなっているのか

 一つは,「対応のまずさ」だ。これについては,すでにマスコミで取り上げられているので,詳細については省略する。しかし,どうしても触れたいことがある。東京都は2008年1月7日,3家族10人が中毒になった問題で兵庫県から「有機リン系農薬の中毒が疑われる食中毒が発生した」との報告を受けた。東京都は早速,品川区保健センターに輸入元であるジェイティフーズ(JTF)への調査を要請したが,この際,こともあろうに,農薬中毒症状を示す書類を誤ってファックスしていなかったという(読売新聞2008年2月1日付による)。お目出度いこと,この上ない。

 次に疑問に思うことは,当のJTFの無責任なプレスリリース記事である。

 まず2007年6月,消費者からJTFの販売店に「ギョーザを食べて体調が悪くなった」との電話があった。続いて2007年8月,居酒屋から「ギョーザを食べた客が吐いた」との報告を受けている。2008年1月7日には,前述したように品川保健センターから電話の聞き取り調査を受けている(読売新聞2008年2月1日付の報道)。にもかかわらず,JTFはその後の1月22日,2008年春の新商品・リニューアル商品について以下のようなプレスリリースを発表している(編注:2月18日現在,リリースはサイトから削除されている)。社内リスク管理は,一体全体どうなっているのだろう。


(略)冷凍食品「中華deごちそう」シリーズ「ひとくち餃子」を、3月1日より全国でリニューアル発売します。今回のリニューアルでは、特製皮のモチモチとした食感を向上させるとともに、(略)また、パッケージデザインも一新しました。(略)手軽に本格中華の味わいをお楽しみいただけます。

 さらなる疑問は,中国における現地調査とやらについてである。

 内閣府国民生活局の消費者企画課長を団長とした日本政府の調査団4名は,2月5日午後から6日未明にかけて中国現地メーカーに立ち入り調査を実施したという。その結果「野菜・肉の洗浄,ギョーザ本体製造,冷凍,包装など一連の生産プロセスに異常が認められなかった」と,中国新聞社電が報じている(中国情報局Newsより)。

 会見した日本側団長は,現地工場は「清潔で管理も行き届いており,特に異常はなかった」と話している(日経NET2008年2月6日付記事より)。JTFの親会社であるJTと中国餃子を販売していた日本生活協同組合連合会も2月2日,現地調査の結果を明らかにし,メタミドホスはなかったとしている。そして,現地工場の要所要所に警備員が立っている状況が,テレビや新聞で報道された。

 だが,「あれほど警備員がいる」,「問題なかった」と結論を出すのは,ちょっと待って欲しい。素人じゃあるまいし,甘すぎて,子供の使いより悪い…,と思うのは,筆者の偏見か。偏見ならこの表現を撤回するが,筆者にはそう思わざるを得ない経験がある。

まずはリスクマネジメントの初歩から学ぶべきだ

 筆者は,ある製品を台湾メーカーに製造委託していたことがある。ある時,打ち合わせのために現地工場を訪問した。その製品の製造技術上のポイントの一つは,気密性である。製造ラインに気密性チェック工程の設置と,厳格な気密性検査を依頼していた。筆者が製造ラインを視察した時は,製造ラインにおける気密性チェックも,検査も全数について間違いなく実施されていた。こんな面倒なことを,よくも実施していると思ったくらいである。

 それから会議に入ったが,何となく悪い予感がした筆者は会議が始まってから30分ほどして,トイレへ行くと言って中座した。実は,現場に行って確認したかったのだ。しばらくの間,遠くから立って眺めていると,案の定,先程行われていた気密性チェックの工程には誰もおらず,最後の検査はランダムな抜き取り検査しか実施されていなかった。予告をして立ち入れば,準備を整えないはずはない。調査方法には,ひと工夫もふた工夫もすべきだということだ。

 さて,こういう類の事故を防止するところにこそ,ITの出番がある。例えば,RFIDを利用したシステムを導入してトレイサビリティを明確にすれば,事故発生時のトレースができるし,事故の予防効果もある。RFIDを使えば,原料の生産,部品の加工,輸送,販売,あるいは修理について,「いつ」「どこで」「誰が」が明確にわかる。

 RFIDの活用には,投資金額,システム構築後の運用ノウハウなどいくつかの問題がある。しかしそれよりも何よりも,トレイサビリティ・システムを導入する前にしておかなければならないことが,企業にも政府にもあるのではないか。

 中国ギョーザの例で紹介したように,問題発生時の迅速な対応,致命的な落ち度や問題の上塗りの回避,甘い対応の排除などなど,トップ・幹部にはリスクマネジメントの初歩からを学んでもらわないとならないことが多すぎる。そして,リスク対応の体制を確立できてから初めて,トレイサビリティ・システム導入を考えるべきである。

 さらに,こういう問題発生で注意しなければならないのは,行き過ぎた規制の強化である。最近また動き出した日本の規制強化の動きは,海外から疎外される要因となりかねない。