12月29日,次男のオーケストラの定期演奏会を聴くため,嫁さんと上野の東京文化会館へ出かけた。年末らしく,どことなく落ち着かない騒々しさがただよう上野駅の構内を抜けて公園口の正面にある文化会館に入ると,すでにたくさんの人が開場を待っていた。社会人になって家を出た長男もやって来た。

 次男はこの日最後の曲,ブラームスの交響曲第一番でファースト・クラリネットとして演奏した。クラリネットのソロに近いパートが何回かあり,次男の吹く音色は広いホールにきれいに響いた。演奏が終わると指揮者が手でうながして,何人かの奏者を一人ずつ立たせる。その都度,2000人近い聴衆が大きな拍手をおくる。指揮者は見事な演奏をした人,夏から秋にかけて3回行われる合宿を含め練習を頑張った人,そんな人をたたえているのだろう。次男もその一人として拍手を浴びた。

 3年生である次男はこれで引退だ。高校から始めたクラリネットは6年,それ以前のピアノを加えると10数年,音楽をやって来た。これまでの総決算としていい演奏が出来たな,と思った。

 さて,今回はNGNやワイヤレス・ブロードバンドが主役となるこれからの企業ネットワークの設計において,「不確実性」をうまく扱うことが重要だ,ということを述べたい。

対照的なNGNとワイヤレス・ブロードバンド

 筆者が今,提案・設計している企業ネットワークをモデル化したのがの「ワイヤレスVPNサービス」だ。従来の広域イーサネットやNGNのLAN型通信サービスなどの光ファイバ・ベースの回線を多用するのだが,3.5世代ケータイやWiMAXなどのワイヤレス・ブロードバンドを固定通信に使うことを目玉にしているので,「ワイヤレス」を冠したネーミングにしている。

図1●「ワイヤレスVPNサービス」
図1●「ワイヤレスVPNサービス」
有線のサービスに加えて,ワイヤレス・ブロードバンドを固定通信に適用できる。

 ご覧のとおり,ネットワーク・レイヤーのサービスにとどまらず,積水化学さんの協力のもとに推進しているオープンソースソフトウエア・ベースのグループウエアやメール,エンタープライズ・サーチなどのネットワークに関連が深いアプリケーションもカバーしている。このモデルの中で今年3月から商用サービスが始まるNTT東西のNGNと昨年からサービスが始まっているワイヤレス・ブロードバンドは,これからの企業ネットワークの主役になる。そして,この2つにはとても面白い対照性がある。NGNは確実性を重視したサービスであり,ワイヤレスは本質的に不確実性を持ったサービスだ,ということだ。

 NGNの確実性は07年12月25日に公表されたLAN型通信サービス技術参考資料を読むとよく分かる。LAN型通信サービスは次世代広域イーサネットというべきサービスで,MA網(単位料金区域網=同一の市外局番が使われるエリア),県内網,県間網の3階層から成っている。

 企業ユーザーは各拠点で必要な帯域幅(スループット)を設計し,拠点をMA網に接続するアクセス回線の帯域幅を決める。同様に,MA網と県内網間の中継回線,県内網と県間網間の中継回線もトラフィックの流れ方と量によって必要帯域幅を決めて回線を契約する。トラフィックには4段階の優先順位がつけられ,契約帯域幅を超えた場合,優先度が低いものからフレームが破棄される。ベストエフォートのサービスであるインターネットでは出来ない,必要な帯域をエンド-エンドで確保し,重要データを守るという「固い設計」が出来るのだ。

固定通信で使うから必要なワイヤレスでの不確実性処理


 対してワイヤレス・ブロードバンドは不確実性が避けられない。基地局と端末の相対的位置,同一基地局の同時接続ユーザー数,電波状態によって受信レベルや送受信速度が変化する。企業ネットワークとの接続にインターネットを使う場合はインターネット自体の不確実性も避けられない。

 とはいうものの,ワイヤレス・ブロードバンドの通信カードをノートPCに挿してモバイルで使う場合,不確実性はほとんど問題にならない。東京で使ったり,大阪で使ったり,移動中に新幹線車内で使ったりと使う場所や時間がどんどん変わるので,通信状態がいい時はいい,悪いときは悪い,ということを前提に使われるからだ。

 その一方で,固定通信で使うと不確実性は問題になる。3.5GケータイやWiMAXを使って数メガビットから数十メガビット/秒のサービスが定額5000円/月程度で使えるワイヤレス・ブロードバンドは小規模な拠点ではADSLや光ファイバの代替として,中・大規模拠点ではバックアップ回線として使うとメリットを出すことが出来る。しかし,モバイルで使う時には問題にならない不確実性が「同じ場所で使う」固定通信では問題になる。いい時はいい,悪いときは悪い,ではなく,「悪い場所はいつでも悪い」になるからだ。

 しかし,「不確実性があるからワイヤレス・ブロードバンドは固定通信で使わない」という設計者は知恵不足だ。実は不確実性をコントロールして設計することは多くのネットワークエンジニアが経験済みだ。BフレッツやADSLを使ったネットワークの設計だ。これらは拠点ごとに引けるかどうかも調べないと分からないし,どれだけ速度が出るかは引いてみないと分からない。利用時間によって速度は変わる。それでも,大規模ネットワークで多用されている。

 ワイヤレス・ブロードバンドも不確実性をうまく処理すれば固定通信で利用できる。そのコツは次のとおりだ。

(1) 目的と適用基準を明確化する
(2) 対象拠点の受信状態をなるべく正確に「机上で」事前調査する
(3) 現地で工事前の実査(電波測定,速度測定)を行う
(4) 所期の速度が得られない場合,代替対策をとる

 目的と適用基準を明確化することは,ワイヤレスに限らずあらゆる設計の基本だ。しかし,これが出来ないエンジニアは多い。小規模拠点でワイヤレスをメイン回線として使うには許容されるダウンタイムや必要な最低速度を明確にせねばならない。ダウンタイムが1日3分しか許されない重要な業務があるなら,いくら小規模拠点でもワイヤレスは使えない。逆に,重要な業務を扱う銀行の無人店舗のATMオンラインであっても,メイン回線ではなく,バックアップ回線として使うなら十分実用性がある。メインもバックアップも同じ引き込みルートの有線を使うより,メインは有線,バックアップはワイヤレスの方が災害時も含めて通信を確保する上で優れているかも知れない。

 対象とする拠点でワイヤレスの通信状態がどうか,費用を見積もる段階でいちいち現地調査したのでは,見積もり自体にコストがかかりすぎる。その拠点で受信できる基地局がどの方向にあるか,何カ所あるか,受信レベルはどの程度期待できるか,机上で調査し利用可能な拠点を絞り込む手段が必要だ。

 絞り込んで選定した拠点も,実際にワイヤレスの工事をする前に現地で電波測定・速度測定をして確認せねばならない。NGの場合は代替手段を取ることになる。

 このように目的と適用基準を明確化し,不確実性を事前に小さくしても,まだユーザーは納得しないかもしれない。構築後のことについて,心配性なユーザーはあなたに質問する。「構築した時は受信状態が良くても,近くに大きなビルでも建って受信状態が悪くなったらどうするのですか?」。

 筆者は自信を持って,ユーザーを納得させる回答をすることが出来る。それはもはや技術的な設計の問題ではない。サービスとしてネットワークを提供する以上,ユーザーに安心して使ってもらえるように知恵を絞るのだ。

「選択と組み合わせ」が多様化する企業ネットワーク

 NGNもワイヤレス・ブロードバンドも一気に全国で使えるようになる訳ではない。従来の広域イーサネットやBフレッツ,NGN,ワイヤレス・ブロードバンドなど,多用な回線サービスを何年も併用することになるだろう。これらをユーザーに対して単純な一つのネットワークとして見せ,ネットワーク管理者の運用負荷も軽減するVPNの仕組みが重要になるだろう。

 また,ワイヤレスでは有線以上にマルチキャリアが有用だ。キャリアによって異なるカバーエリア,速度,料金を勘案し,適材適所で複数キャリアを併用するのが得策ということだ。オープンな設計でいつでも固定回線であれ,ワイヤレスであれ,自由にリプレースできるようにしておけば簡単なことだ。これが最初に図で示した「ワイヤレスVPNサービス」のコンセプトだ。

さあ,2008年のネットワークを盛り上げよう!

 ITpro EXPOでの「ワイヤレスVPNサービス」のプレゼンと展示が1週間後にせまった。先週に続いて,繰り返しお誘いしたい。1月30日,12時。ネットワーク最前線のシアターで読者の皆さんを待っています。

 筆者に個別の質問や意見があれば喜んで承りますので,メールをお送りください。