年初に,過ぎし年と迎える年を俯瞰するのは悪くない。またそんな時間を持たないと,激変,急変と話している内に本人がその立っている場を見失い,ある時は舞い上がり,ある時は自信を喪失する。

 激変というのは単に時代を動かしているクロックが年々早くなっているだけであると考えると,クロックを上げる事が辛い時が引退の時期であろうか。それもITやハイテクという世界での話で,ひとたび政治や社会に目をやると,年金,教育,税制,環境・・・余りの変化の遅さに苛立ち,あきらめの気持ちにもなる。

 ここでは話を我らのIT・ハイテクの世界に絞って続けたい。ITという言葉は「Information Technology」の訳として長く使われてきたがその広がりは既にもとの意味を遥かに超えて再定義が必要ではないだろうか。ICTという派生語もあるが,これもかえって現実の広がりを否定することにもなりかねない。

 ITを「Intelligence Technology」と再定義したい。

日本IT産業凋落の根本にある“ITという定義の偏向”

 コンピュータから始まったITであるが,その拡大の本流は情報科学,すなわち情報理論,データ・べース,暗号化,セキュリティー,ネットワーク,認知科学,自然言語処理・・・であり,半導体やその応用機器はそのハードウエアとしての器であろう。IT関連であってもITの本流ではない。

 なぜこれを持ち出すかというと,日本のIT産業が米国に遅れをとり,今中国やンドに遅れをとるのは本流で遅れているからだ。人材や経営資源を半導体とその応用機器に振り向けて来た分,本来のITの競争力が強化できない。OS,インターネット,WWW,検索エンジン,Web 2.0・・・,日本発のグローバルの技術がないのは,ITの定義が余りにも保守的でHW的であったことに一因があると考える。

 90年代,米国はITで覇権を打ちたて経済も復活した。90年代の米国のIT産業を支えた技術者は,80年代に大学で教育されたITの大学院の学生である。80年代の情報工学の大学院卒業生の数を比べると,日本は定員で数百人/年,米国は卒業者の数で一万数千人/年であった。日本は米国の数十分の一である。90年代も余り改善されえていない。余談であるがバイオ人材はこれより酷いかもしれない。

 これもITという定義・認識が日本全体で偏向していたためではないのか。この人材供給の格差の結果,いわゆるIT企業と言われた日本の電子・通信企業は凋落と事業再編の波に翻弄された。人材という産業基盤が脆弱ではITベンチャー企業も競争力は持てない。米国のビジネスモデルの日本版で頑張るしかなかった。GoogleはIT人材の海である,シリコンバレーから必然的に出現した。Googleのキャンパスに働く人材は90年代に教育された大学院学生である。

 自動車産業の競争力を支えている一つは,世界一の鉄鋼産業であるように,IT産業を支えるのは半導体を中心とした電子産業である。TVに見られるように,幸い日本の電子技術者は相対的優位にあり,産業競争力もある。しかし市場で価値を認められているものは機器そのものではなく,顧客が情念・感性として満足感を受ける情報技術である。

 私見であるがアップルや任天堂はこの世界で成功している。情報技術が拓く新しい世界において日本がグローバルで技術をリードしてく為には人材と経営資源を情報技術の本流と,それが拓く商品とサービスの研究開発に振り向けなければならないがそれには,まずITの再定義が必要だと思う。

Intelligenceの海でグローバルな競争に漕ぎ出せ

 では,Intelligenceとは何か。この定義の議論に深入りする必要はない。定義が確定していないほど包容力のある言葉であるからだ。Intelligenceの定義は英語版のWikipediaにある定義が中庸を得ていて且つ発想を刺激する重要なキーワードを網羅している。(http://en.wikipedia.org/wiki/Intelligence_(trait))その定義を引用しておく。

 Intelligence is a property of the mind that encompasses many related abilities, such as the capacities to reason, to plan, to solve problems, to think abstractly, to comprehend ideas, to use language, and to learn. There are several ways to define intelligence. In some cases, intelligence may include traits such as creativity, personality, character, knowledge, or wisdom. However, some psychologists prefer not to include these traits in the definition of intelligence.

 上記のlanguageを広義に理解し,画像,音楽が含まれていると考えたい。ちなみに,これに続き約7ページにわたる記述があり,学術的な議論の紹介と引用文献,参考文献のリストが充実していて一読の価値がある。

 ここにあるキーワードの何に共振し,どこまで技術として開発していくかがグローバル競争である。このIntelligenceの海であれば大航海の旅に出る価値はある。我々が目指すものは単なる検索技術ではない。小職の理解している範囲では,編集工学で著名な松岡正剛氏は知性として,「収集・分析・編集」の能力を挙げておられる。検索はいわば収集の段階であり,高い価値を与えるものは編集のプロセスである。

 新ITとしてWikipediaのキーワードに加えたいのは,「インタフェース」と「センサ」である。

 人間は外界・他者との相互作用で上記の能力を発揮していると思う。閉じた脳では本質的に情報を収集できない。また,編集作業そのものも外部との相互作用で発揮される。私事でいえば,聞きながら考える,話しながら考える,書きながら考える,見ながら,写しながら考えることが多い。とりわけ編集段階ではこれが多い。頭の中でインスパイヤされたアイディを詳細化していく過程は編集過程であるが,「ながら」プロセスが重要である。人間の知はコミュニケーションから生まれる。新ITの商品・サービス企画にはインターフェイスとセンサを含めたい理由はこれである。

 加えて,感動と笑い,も加えるべきキーワードである。感動と笑いについてはもっと科学的な研究成果が発表されて良いと思う。既に述べたがIntelligenceの定義に余り深入りしたくない。そこからインスパイヤされる議論の広がりが重要である。ここITproのコミュニティーの出口は,趣味の世界でなくビジネス,産業の世界であるから。

 2008年,ITの再定義:Intelligence Technologyを提案する。

 個人的には研究室のグループと「編集エンジン」という概念で,Googleの先を行く技術開発を進めている。近く一部を公開したいと計画しているのでその節は積極的なご意見をいただきたい。