2007年の後半の仕事のひとつとして,ある金融機関のオフショア開発スキームのプランニングを手掛ける機会があった。パートナーの外資系コンサルティング会社(この会社が日本企業の中国,インドオフショアの契約窓口になっている)と議論を重ねるにつけ,日本のITエンジニアの“価値”とは何かを考えざるを得なかった。

 向上心も知識欲も高い中国やインドのITエンジニアに比して,日本のエンジニアはどうなのか,そしてどうすべきなのか。日本のIT業界は本気で考えなければならない時期が来ている。

 今後日本のユーザー企業は,特別に意識することなくオフショアでシステム開発を行うようになる。知らず知らずのうちに,無価値な日本のエンジニアを使わなくなるだろう。

 “価値”を持たないエンジニアが消える日が近づく・・・2008年は,そういう年になる。

エンジニアに価値を付与できないITベンダー

 昨年,あるITベンダーから研修のオファーがあった。詳しく話を聞いてみると,「エンジニアに『考える力』や『コミュニケーション力』が不足しているので,研修して身につけさせて欲しい」という。他の会社からも同じようなオファーが多い。これは数年前からの傾向だ。

 それらの会社の人事部門や,能力開発部門の研修担当者はこう話す。

 「オフショアとの競争もある。国内での競争も激しい。だから,価値ある力を身につけさせたい。人の話を理解したり,人に説明することが上手くできないエンジニアに力をつけさせたいのだ」

 しかし,人事部門の取り組みだけでエンジニアの能力が向上していくことは稀だ。いくら研修をしても,現場に戻ればエンジニアの成長には非合理的な環境が待っているからだ。

 このような会社を詳しく取材してみると,そこには多くの課題がある。正しく指導できない上司や先輩がいる。仕事の意味を振り返ることができないチームがいる。「やっつけ仕事」ばかりの現場で人を育ていることは難しい。

 人を育て力をつけさせたいなら,もっと組織的な取り組みが必要だが,多くの日本のシステム開発現場ではそれが行われていない。このような現状でエンジニアに「価値」を付加することは難しいだろう。

価値を持たせるための原則

 人に価値を持たせるということは,他にない価値(バリュー)を定義し,それを人に付与するということである。大括りに言えば,まず,最初のステップで「価値を定義」し,次のステップでそれを「人に付与」するという具合になる。

 人に付与するというのは,人を指導・訓練することだ。これが教育ということであるが,多くのITベンダーが誤っているのは,「価値」を定義できていないまま,教育だけを実行しようとすることである。それは「目標がないまま手段を語る」という本末転倒に他ならない。

 教育には必ず目標がある。それは長期目標,短期目標のどちらかでもよいし,両方でもよい。たとえば,長期的スパンで「日本で一番○○分野に詳しい集団になる」でもよいし,短期的スパンで,「今回のお客さんとの要件定義交渉に勝つ(成功させる)」でもよい。目標を考えて設定することに意味がある。

 ただし,目標の設定にはやりかたがある。

 目標は会社(組織)のスタンス,ビジョン,ポリシーに依存するものであり,あわせて,個人の成長目標にも影響を受ける。どちらにしても,場当たり的に設定されるものではなく,会社と個人のニーズを踏まえ,戦略的に設定しなければならない。

 もう一つ大事なのは,実現するためには「より具体的な目標がよい」ということだ。目標が具体的であればあるほど実現はしやすい。この原則は非常に重要である。つまり,目標は抽象的な概念でなく,数値を含めた具体的な目標で,後で評価・見直しやすいものとすべきである。

 具体的な目標を設定したら,後は実現策(教育方法)だ。これは,自分たちで考えてもよいし,プロに相談してもよい。教育コンサルタントでも,研修講師でも,組織コンサルタントでもよい。具体的な目標があれば,外部はよりサポートしやすくなる。

具体的な目標が欠落しているITベンダー

 多くのITベンダーの人材育成は,抽象的な目標らしきものはあるものの,本当に具体的な目標がない。「コミュニケーション能力をつけてほしい」,「問題解決力をつけてほしい」みたいなものしかないのである。

 もし,本当に能力を身につけたいなら,「顧客に感心されるための技術を10個身につけたい」,「顧客の無理な要求を上手く断る技を10個身につけたい」など,より具体的に目標を設定して,教育しなくてはならない。目標が具体的であればあるほど,身につける方法も具体的になり,習得も確実になる。この原則を理解しなくてはならない。

 前述した「『価値』を定義できていない」とは,このことである。すなわち「価値」というものを具体化して目標に設定できていないということだ。目標が設定できていないのだから,効率的,実践的な教育ができるわけがない。その結果,ITベンダーの上層部や人事部,能力開発部で,いくら「教育」を語っても,現場では何も変わらないということが起きるのだ。

価値を身につける方法

 まず,「価値」を定義する必要がある。ITベンダーにとっての価値は会社によって違う。何をもって強みとするのか,どんな市場で生きていくのか,どんなドメインで戦うのか。そして,どんなエンジニアなら生き残れるのか。これを具体的なスキルレベルまで落とす。

 具体的な人間をイメージして,「○○ができる」,「□□が3時間でできる」ような,具体的な目標を設定する。これはトップマネジメントの仕事であり,ミドルマネジメントの仕事ではない。次に,これらの目標を実現できる仕事=案件を定義する。どんな仕事なら身につくのか。そして,次に,どんな組織体制,プロジェクトチームなら身につくのかを考えてルール化する。これも現場の仕事ではなく,トップマネジメントの仕事である。

トップマネジメントが価値を生み出す

 エンジニアに価値を付与するのは現場ではない。トップが,ビジョンをもち,価値を定義し,仕事を選び,組織を作る。このようなトップダウン型のアプローチでしか実現できない。なぜなら,現場は合理的な行動を取る傾向が強いからだ。

 エンジニアに新しい価値を付与する一連の活動や取り組みは,一見無駄が多く見えるものだ。現場のマネジメントは,これを非効率と捉えてしまい,うまくいかないことになることが多い。だからこそ,トップマネジメントが積極的に価値を生みだすことに関与すべきだ。

 “価値”を持たないエンジニアは消えても,“価値”を持つエンジニアは消えない。2008年は,多くのITベンダーで,そういうことが積極的に行われる年になってほしい。