サイボウズは起業した当初から,上場して公の企業になっていくビジョンを掲げていました。業績が順調に伸びていた1999年,「東証マザーズ」というベンチャー向けの株式市場ができました。私たちは,競合よりも先んじて勝負しなければ生き残れないという思いもあり,早々に上場の申請を行い,審査が通りまして,上場できることになりました。創業からちょうど3年経ったころでした。

 会社が上場するというと,社内が湧き立つような変化があるのではないかと思われがちです。しかし,サイボウズの場合はそうではありませんでした。前回書きましたように,社内のメンバーは,増え続ける大量の業務を前に,殺伐とした雰囲気の中,仕事に励む毎日でした。

 記念すべき上場日は,2000年8月23日。その夜に上場パーティをやろうということで,近所の居酒屋を予約して,みんなで飲み会をしました。質素な普通の飲み会です。当時の従業員約30人がほぼ全員集まりました。その中で,サポート部門のメンバーは,1時間以上,遅れてやってきました。お客様からの問い合わせがたまっていて,その日に返さなければならない分が終わらなかったのです。上場パーティといえども,自分たちよりもお客様を優先するところにサイボウズらしさを感じて,胸が熱くなりました。

 その日から,インターネットのポータルサイトには,サイボウズ株の掲示板が立ち上がりました。様々な人が毎日サイボウズの株価や事業について書き込みをしています。それを見ると,なんだか少し有名になった気がして誇らしく思うとともに,3人で勝手に立ち上げた企業が公のものになってきた現実を実感しました。掲示板に書かれる内容は,概ね好意的でした。製品を企業に導入してくれた人が,「この製品を作っている会社なら伸びる」と期待して書いてくれていたようです。掲示板は,私だけでなく一般の社員も気にして読んでいました。温かい言葉に,毎日励まされる思いがしました。

 上場して半年あまり経ったころ,株主総会が開かれました。初めて本格的に開催する株主総会です。やり方も進め方も,まったくわかりません。「株主総会は重要だから,余計な発言は絶対に禁物だ」とか,「総会屋が脅しに来るかもしれないので対策が必要だ」とか,いろいろと恐ろしいことを聞かされるたびに,ドキドキしながら専門家に教えを請い,準備を進めました。若い私たちは,いつもと違う慣れない言葉遣いに戸惑いながらも,せめて想定問答集だけでもスムーズに読めるようにと練習しました。そして,緊張感をもって本番を迎えましたが,何のことはない。株主総会に来てくれたのは,顔見知りの人たちだけでした。株主総会と言うよりも,むしろ小学校の学芸会。壇上では株主総会という名の劇が演じられ,集まった人たちの拍手喝さいを集めて終了しました。幸か不幸か,私の台詞はありませんでした。終わったときは,肩の荷が下りて気が楽になったと同時に,あまりのあっけなさにがっかりもしました。

 起業する人の中には,「上場」を目標にされる方もたくさんいらっしゃると思います。確かに上場は,ひとつのわかりやすいゴールだと思います。しかし,上場したからといって,何かが終わるわけではありません。むしろ,新たな展開に向けて始まることのほうが多い。より厳しいステージへのスタートラインだと思っています。