「日本版SOX法と下請法というダブルパンチを受けている」―――。ある中堅ソフト会社の経営者は最近、コンプライアンス(法令順守)の徹底に大慌てで取り組み出したIT業界にあって、これら2つの法令がむしろ赤字案件を増やし、さらに案件そのものの減少を招く可能性があることを懸念する。

 ここ2年ほどの間にIT業界では、有力ITサービス会社が絡む架空取引など不正な会計処理が多発した。そうしたこともあり、受注条件と取引条件を厳しく精査するようになってきた。以前なら、口約束で開発をスタートさせて、要件が固まった時点で正式契約を結ぶ。要件が追加され開発量が増えれば、下請けの中堅・中小ソフト会社はそれに見合う金額をプライムの大手ITサービス会社やITベンダーに請求できた。場合によっては、今回は赤字覚悟で引き受け、次回の取引で帳尻を合わせる、ということもあっただろう。

 それが今、一括請負契約を交わしたら「決めた金額しか支払わない」とするユーザーや大手ITサービス会社が増えているという。要件が変わり、開発期間が伸びて費用が発生しても、そのリスクは中堅ソフト会社が負うことになる。

 加えて、商談相手がIT部門からエンドユーザー部門に代わってきたことがリスクを大きくしている。エンドユーザーは当然のことながら、自分の仕事の効率化を最優先にすえるため、ソフト開発工程に関心はないし、システム化の内容を判定・評価できないこともある。彼らから「OK」をもらって開発に着手しても、いざ使う段階になってから「こんなものは使えない」と、やり直すケースが増えているという。

 そこに下請法が追い打ちをかけている。ここでは、口約束も正式な契約と見なされることもある。しかも、例えば「Java技術者10人」を依頼した際、実際は10人中5人しかJavaの技術を知らなくても、10人分を支払うことになる。中小企業への“いじめ”防止が目的の下請法では、「5人はJava技術者ではないので、支払いはできない」という主張は通らないことがあるという。技術レベルを判断する明確な基準がなく、実務経験の有無や情報処理関連の資格取得状況からも真の力量は分からない。

内製化率を高める大手ITベンダー

 こうした中で、大手ITベンダーや大手ITサービス会社は内製化率を高める傾向にある。ITサービスの工業化やソフト開発の工場化などを推し進め、外部依存率を抑えようとしている。例えば、生産革新を進める富士通では、100%子会社の富士通アプリケーションズが内製化率100%を達成した。ある大手ITベンダーは、内製化率60%という数値目標を打ち出したとされる。

 とはいっても100%内製化することは難しい。それを支えるのが、実は中国やインドへのオフショア開発である。技術力が高いということもあるが、下請法が適用されないことが大きな理由の1つになっているという。だから、中堅ソフト会社の経営者は「下請法が本当に、中小ソフト会社を守れるのだろうか」と疑問を呈する。大手は中堅へ、中堅は中小ソフト会社への発注を減らし、オフショア開発を加速させていけばどうなるだろう。

 しかも、大手は「損をするような案件はとらない」など内部で案件内容を厳しく審査する。そこに、ユーザー企業のIT投資が冷え込んでくれば、中堅・中小ソフト会社の環境は厳しくなるのは自明。今のところ、案件は潤沢にあるようだが、大手金融機関の統合プロジェクトなどが終了する2010年頃から需要が落ち込むという見方もある。

 IT業界の健全化を図るために、コンプライアンスは不可欠である、だが、その使い方を誤れば、実際の開発現場を支える中小ソフト会社の経営は成り立たない。それは、ユーザー企業のIT化そのものにも影響を及ぼすことになる。中堅ソフト会社の経営者は「コンプライアンスがソフト業界を健全化させるのだろうか」と、コンプライアンス不況になることを心配する。

※)本コラムは日経コンピュータ07年11月12日号「田中克己の眼」に加筆・修正したものです。