前回は,なぜ私たちシステム開発者が「要求の発明」にもっと関心を払うべきかについて,筆者の想いを語った。その背景には「顧客を喜ばせようと思えば,彼らが望まないものを作ることだ」という意識を開発者が強く持たなければ,顧客に心から満足してもらえる高付加価値を提供することが,今後ますます難しくなるのではないかという強い危機感がある。

 しかし,いきなり「要求を発明する」と言われても,具体的に何をどうすれば良いのかをすぐにイメージできる人はそう多くはないだろう。そこで今回は,企業情報システムの開発プロジェクトにおいて,私たち開発者が「何をどうやって発明するのか」について考察することにする。

発明という言葉の意味

 ほとんどの人は「発明」という言葉から,エジソンのような天才が白熱電球や蓄音機・映写機といった人々のライフスタイルを劇的に変えてしまうような画期的な発明品を創造する,中村修二氏のような企業の研究開発部門の研究者が青色LEDといった発明的な基礎技術を開発する,ドクター中松のような個性的なアイデアマンが次から次へと奇想天外なアイデアを具現化する──そんなイメージを想起するだろう。

 しかし,本稿で言うところの「発明」はそこまで大がかりなものは意図していないし,特許の出願を目的とするようなものでもない。あくまでも,企業向けの情報システムを構築するという範囲の中で,顧客が想像だにしなかった価値の高い要求を発見し,その解決策を提供して深い満足を得てもらうことを「発明」と呼んでいる。

 ただし,「発明」という言葉はとりわけ強い響きを持つので,そこに違和感を覚える人も少なくはないだろう。そういう人は,「発明」という言葉を「より良いやり方を設計(発見)する」*1と言い換えてみてほしい。あるいは,要求開発アライアンス流に「より優れた要求を開発する」という表現がしっくりとくる人は,そう考えてもらってもよい。

*1ソフトウエアの「要求」発明学 誰も書かなかった要求仕様の勘違い』(日経BP社 発行)の筆者ロバートソン(Robertson)夫妻が同書の中で述べた言葉。

 いずれにせよ,本稿でいうところの「発明」という言葉は,ユーザーが語るソリューションを鵜呑みにするのではなく,その背後に存在する問題の本質をよく見極め,業務をより良く改善するという強い意識をもって要求を洞察することを意味している。そこを理解して,先を読み進めていただければ幸いだ。

発明の対象分野

 では,私たちは具体的に何を発明すれば良いか?これは事例を見なければ,なかなか具体的にイメージすることは難しいと思う。そこで,まずは『ソフトウエアの「要求」発明学』に紹介されている発明の九つの分野を紹介しよう(表1)。

表1●発明のヒントを得るための九つの分野
分野 着眼点 事例
サービス 顧客に高く評価してもらえるサービスの提供 FedEx:米国内どこでも翌日配送
ハーツレンタカー:ル・スワップ
アイデア 要求の元ネタとなる非常にシンプルなアイデア。良いアイデアが具体的に形を成すと,顧客を熱狂させる可能性がある 3M:ポストイット
イーベイ:インターネットオークション
ナップスター:ピアツーピアの音楽配信
スピード 購入の意思を持つ顧客を捕まえて逃さないためにスピードアップする。価格が1万円上がれば,注文時間が1分間延ばせると考えて自社のサービスを評価してみる Amazon:1-Click注文
顧客が注文の意思を示す前に購入プロセスをこちらから開始する Amazon:おすすめ商品
情報 顧客はわがままな王様。自分だけに特別な情報を提供してくれることを望んでいる。だから,外の世界に向けてもっと会社の情報を公開しなければならない プログレッシブ保険:他社も含めた保険料の比較サイト
オンライン証券取引会社:投資家向けの大量の情報提供
FedEx:インサイト(貨物の入出荷情報提供サービス)
テクノロジー 新しいテクノロジーが要求の源泉となる可能性がある カメラ付き携帯電話や電子ペーパーを自社のビジネスにどう活用できるか?
選択肢 他社より優れた選択肢を提供する企業が競争優位に立つ デル,ゲートウェイ:顧客の好みに合うPCを提供するために多様な選択肢を提供
セルフサービス 自力で作業した顧客がそのサービスに不満を覚える可能性は低い Amazon:オンライン注文
FedEx, DHL, UPS:貨物輸送のセルフサービス
直接操作 顧客がお気に入りの企業のリソースを操作してビジネスに参加する Amazon:カスタマーレビュー
ハードウエア/ソフトウエアメーカー:テクニカルサポートのインターネット掲示板
優れたデザイン 優れたデザインの製品は使うたびに顧客を幸福な気分にさせる アップル:iPod

 ただし,この表に挙げられた事例を見ても,自分たちが日頃従事している企業情報システムの開発プロジェクトでの発明を具体的に思い浮かべるのは,まだ難しいと感じる人も多いだろう。

 例えば「スピード」「情報」「セルフサービス」「直接操作」に挙げられているような事例は,私たちが普段携わっているシステム開発プロジェクトでも,ちょっと頑張れば成し遂げられそうな発明に感じられるが,「サービス」や「アイデア」の事例のように全く新しい製品やサービスを発明して提供するようなシチュエーションは,通常のシステム開発プロジェクトではなかなか遭遇することが難しいのも事実だ。

 だからといって,「サービス」や「アイデア」の分野には発明の余地がない,あるいは対象外だと,はなからあきらめるべきではない。もっと細かく視点を設定して要求を考えてみると,どこかに発明の余地がきっと見つかるはずだ。例えば,発明の利益を提供する相手を「ビジネスの顧客」だけではなく,「システムの利用者」や「社内の関連部門」というふうに,もっと細かく分類して考えると世界がもっと広がって見える。これを具体的な例をあげて説明してみよう。

企業情報システムにおける「サービス」と「アイデア」の発明方法

 例えば,調達部門から「もっとも安い部品の価格を知りたい。だから,世界中のサプライヤのWebサイトに掲載された部品カタログを検索して,価格を比較する機能が欲しい」と要求されているとしよう。この場合,このソリューションをそのまま鵜呑みにして,すぐにシステムを開発してはならない。

 これは前回「ソリューション重視思考をやめよう」と指摘したように,一度そのソリューションから離れて,問題の本質を追究するステップを必ず踏むことが重要だ。そうすることで「最も安い価格を調べるだけではなく,複数のサプライヤから相見積もりをとって価格交渉すれば,もっと価格を下げられるのではないか」「外部調達に頼るのではなく,積極的に内製に切り替えることで輸送コストも含めたトータルなコストダウンが図れないか」などの,より優れた「アイデア」を思いつく可能性がぐっと高まる。

 さらに,これらのアイデアを整理・統合してソリューションを決定する次のステップでは,調達部門や生産部門の本質的な問題解決,すなわち「もっとも安い部品を手に入れる」ことに役立つ機能セットを,情報システムの「サービス」としていかに効果的に提供するかに集中して要求を考える。そうすることで顧客(この場合は調達部門)が当初想像すらしなかった優れた解決策を発明し,結果的に彼らに深く満足してもらえる可能性も高まる。

 これが筆者の考える,企業情報システムの開発プロジェクトにおける「サービス」「アイデア」分野の発明のイメージだ。そこに「スピード」や「テクノロジ」といった他の分野の視点も掛け合わせていけば,もっと優れた要求を発明する可能性も広がる。何も社外の顧客に新しい製品やサービスを提供することだけが発明ではない。そう考えてみると,発明のネタがそこら中に転がっているように思えてこないだろうか?