さて今回も,耳慣れた英語でありながら,日本語で表記しにくい単語をいくつか紹介したいと思います。とくに企業組織の中での役割を表す言葉で,最近になっておもしろい英語表現を見かけるようになりました。

Decision maker
 「デシジョンメーカー」は耳で聞く限り何の違和感も無いほど日本語の会話の中でよく使われるようになりました。けれども活字にした時は落ち着きが悪いでしょう? Decision makingなら「意思決定」とか「決断」という熟語を充てることができますが,「意思決定者」「決断者」というのもしっくりこないですし,「決定権保有者」や「有決裁権者」というのも変ですね。文脈や音・リズムの流れに合わせて工夫するしかないと思っています。「幹部」「経営陣」と意訳することもできます。

<例文>
We have to appeal to the decision makers with this solution.
(決定権のある立場の人にこのソリューションのよさを認めてもらわなくては)

Champion
 ここ数年,プレゼンテーション資料の中でよく見かける言葉です。「支持者」「擁護者」「促進してくる人」「リードしてくれる人」という意味です。社内で何か企画を提案したり新しい技術を導入したい時に,先頭に立って旗を振ってくれる人を指します。「熱意あるリーダー」と意訳されていることもありました。

 またベンダーが顧客企業に売り込みをかける際,その技術やソリューションを気に入っていて,導入促進に一肌脱いでくれる人のこともチャンピオンと言います。

<例文>
He is the champion our solution in that company.
(あの企業では彼がうちのソリューションの支持者なのです)

 似たような表現に,Executive sponsorがあります。役員などの幹部が担当になってくれれば,企画には予算が付き,プロジェクトが進むようになる,というような場合には次のように表現します。

<例文>
We need an executive sponsor for this new technology to be deployed. 
(この新技術を導入するには役員レベルの支持者が必要だ)

 社内の案件稟議の際によく使われる表現ですが,カタカナで「チャンピオン」というのはあまり見かけないので,日本のビジネスの中ではまだあまり普及していない用法のようです。

Management
 経営幹部を指します。Top managementということもよくあります。通常は社内の経営陣(CEO,CIO,CTOなど)を指します。取締役を指すとは限りません。日本の大企業は取締役が大勢いて,その大半が社内の人で一部社外取締役がいるという形態が多いですが,シリコンバレー企業の取締役会は,メンバーが数人です。

 社内取締役は社長(CEO)と財務担当(CFO)もしくは業務担当(COO)のせいぜい2名程度がメンバーで,残りは大株主や主要投資機関が自分達の意見を経営に反映させるために送り込んできた(投資条件にしていることが多い)人達です。彼らは,Board memberと呼ばれることが多いです。シリコンバレー企業でDirectorという肩書きは事業部長クラスが多いので,取締役をDirectorと呼ぶことは稀でしょう(2007年2月16日号参照)。

Facilitator
 「司会役」,「仕切ってくれる人」を指します。司会役を英訳しようとすると,master of ceremony とか,moderatorと言う単語が思い浮かびますが,facilitatorには, 問題を解決したり,計画を実施したりするコーディネータ役で,人を動かして実行させるのが上手というニュアンスがあるのです。実践部隊の名調整役と言いたいところです。

Conductor, Orchestrator
 前回のコラムでOrchestrateという動詞が流行している(buzz wordになっている)という話をしました。オーケストラの指揮者ならconductorのはずですが,IT業界の「オーケストレート役,指揮者」としての「conductor」という用法を聞いたことがありません。コンダクターというと,やはり電車の車掌さんを指すのが一般的。

 ちなみにOrchestratorという単語をオンライン英辞郎で引いてみると「編曲家」という訳語が出てきました。Orchestratorは正しい英語とは言い難いところがありますが,近い将来,IT業界で普及してconductorの代わりにorchestratorが市民権を得る日が来るかもしれませんね。

■クイズの解答

 さて,11月12日号のクイズについて解説しましょう。

問題:「期待に副えるよう頑張ります」

 「期待」は,文字通り,expectationでOK。
 「期待に応える」は,to meet your expectation, to satisfy the need. と表現できます。したがって次のように訳すとよいでしょう。

<訳例>
I will work hard to respond your expectation.
I will do my best to meet your expectation.

 でも,ここで紹介したい5ワードの回答例は,次のような表現です。

I won't let you down!

 To let + (目的語) + (形容詞,副詞,前置詞句)で「~を~の状態にする」という構文になります。この場合のdownは副詞で,「意気消沈する」という意味。Downを使うという訳文は,11月12日号のトレードマークの話がヒントになったかもしれませんね。上記の回答例は,直訳すると「私はあなたをがっかりさせません」になりますが,「期待に副えるよう頑張ります」の訳として,とても英語っぽい表現だと思いませんか?

 11月26日号のクイズ(退社時,帰り際の)「お疲れ様」についても解説しましょう。実は英語には無い表現なのです。はぐらかしたようでごめんなさい! アメリカ人は「お疲れ様」の代わりに,Have a nice evening. とか,Drive carefully. とか,See you tomorrow. ということが多いです。ついでながら「お先に」というのも英語にはないので I’m going home now. See you tomorrow. くらいが妥当でしょう。